
約4億年前の海には、現代の魚とはまるで違う姿をした脊椎動物が泳いでいました。
その中でもひときわ奇妙なのが、中国・雲南省のデボン紀の地層から見つかった新種の無顎(むがく)魚「バタスピス・クルクス」です。
この魚には顎がなく、頭部は硬い装甲のような「頭甲」で覆われていました。
しかも頭甲の後方からは左右に大きな突起が張り出し、上から見るとまるでコウモリが翼を広げたような姿をしています。
さらにコンピューター上で水流を再現したところ、この“翼のような頭”は単なる飾りではなく、水中で揚力を生み、効率よく巡航するのに役立っていた可能性が示されました。
研究の詳細は、英ブリストル大学(University of Bristol)らにより、2026年8月4日付で学術誌『Palaeontology』に報告されています。
目次
- 約4億年前の海にいた「コウモリ頭」の無顎魚
- 「翼のような頭」は水中で翼のように働いていた
約4億年前の海にいた「コウモリ頭」の無顎魚
バタスピス・クルクス(Bataspis crux)の化石は、1980年代に中国・雲南省の地層から採集されていました。
地層の年代は約4億1900万年前、前期デボン紀の最初期にあたります。
研究チームが詳しく調べたところ、この化石はガレアスピス類と呼ばれる絶滅した無顎魚の新属新種であることが判明しました。
ガレアスピス類は、現在の中国とベトナム北部に生息していた初期の脊椎動物です。

顎を持つ脊椎動物に近い系統に位置するため、私たちを含む「顎のある脊椎動物」がどのような祖先から進化したのかを考えるうえでも重要な存在です。
中でもバタスピス・クルクスは、頭の形が異例でした。
頭甲の前後方向の長さは約5センチですが、左右に伸びた角状突起を含めると幅は約14センチに達したと復元されています。
つまり、頭そのものが横方向へ大きく広がっていたのです。
ただし、これは本物のコウモリの翼のような柔らかい膜ではありません。
硬い頭甲が左右へ翼状に張り出した構造で、その輪郭がコウモリの翼を思わせる形をしていました。
「翼のような頭」は水中で翼のように働いていた
では、なぜこれほど奇妙な頭部を進化させたのでしょうか。
研究チームは、化石をもとにバタスピス・クルクスの3Dモデルを作り、水の中を泳いだときに、頭の形がどのように水流へ影響するのかをコンピューター上で再現しました。
そして、頭の形が異なる5種類のガレアスピス類と、泳ぎやすさを比較しました。
するとバタスピス・クルクスは、体をわずかに上向きに傾けて泳いだとき、特に効率よく水中を進める形をしていたことがわかりました。
とくに体を10度ほど傾けた場合、前進を邪魔する水の抵抗をあまり増やさずに、体を持ち上げる力を強く生み出していました。
その効率は、比較したガレアスピス類の中で最も高いものでした。
つまり、バタスピス・クルクスの“翼のような頭”は、水の抵抗を抑えながら体を支え、効率よく泳ぐのに役立っていた可能性があるのです。

シミュレーションでは、翼状に広がった突起の湾曲した上面を流れる水が速くなり、比較的平らな下面との間に圧力差が生じていました。
その結果、飛行機の翼と同じような基本原理で上向きの力が発生したと考えられています。
つまりバタスピス・クルクスは、現代の魚のような柔軟な胸ビレを持たなくても、頭そのものを“翼”として使うことで、水中を効率よく巡航できた可能性があるのです。
研究者らは、この魚を非常に効率的な「滑走型の巡航者」だったとみています。
ここでいう滑走とは空中を飛んだという意味ではなく、水中で揚力を利用しながら抵抗を抑えて進んだという意味です。
一方で、横に大きく広がった頭は直進安定性には有利でも、急旋回には向かなかった可能性があります。
バタスピス・クルクスの発見は、初期の無顎魚が単純に海底近くで暮らす生き物ばかりではなかったことを示しています。
柔軟な一対のヒレを持たなかったガレアスピス類も、頭部の形を大胆に変化させることで、水中を効率よく移動する方法を獲得していた可能性があるのです。
約4億年前の海では、私たちが想像する以上に多様な“泳ぎ方の実験”がすでに始まっていたようです。
参考文献
Meet Bataspis crux, Jawless Fish that Cruised Devonian Seas with Batwing Head
https://www.sci.news/paleontology/bataspis-crux-15002.html
元論文
Bataspis crux, a galeaspid (jawless stem gnathostome) from the Lochkovian of Yunnan with a batwing-shaped head adapted for hydrodynamic efficiency
https://doi.org/10.1111/pala.70081
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

