
髪を自分で繰り返し抜いてしまう「抜毛症」は、一般にストレスや不安と深く関係していると考えられてきました。
しかし日常生活の中で、そのときの気分や抜毛を繰り返し記録してみると、事情はそれほど単純ではないようです。
ドイツのハイデルベルク大学病院(UKHD)の研究チームが抜毛症の人々を10日間追跡したところ、不安や悲しみなどのネガティブ感情は、その後の抜毛を予測しませんでした。
一方で「退屈」はその後の実際の抜毛を、「疲労」はその後の「髪を抜きたい」という衝動の強まりを予測していたのです。
研究成果は2026年6月10日付で科学誌『Comprehensive Psychiatry』にオンライン掲載されました。
目次
- 抜毛症は本当に「嫌な気分を和らげるため」に起こるのか
- 実際の抜毛には「退屈」が関係していた
抜毛症は本当に「嫌な気分を和らげるため」に起こるのか
抜毛症(Trichotillomania:TTM)は、自分の毛を繰り返し抜いてしまい、脱毛や心理的な苦痛、生活上の支障につながる疾患です。
これまで抜毛症を説明する有力な考え方の1つに、「嫌な感情を和らげるために髪を抜く」というものがありました。
たとえば、不安や緊張、イライラが高まったときに髪を抜き、それによって一時的に気分が楽になるという仕組みです。
実際、過去の研究では、緊張や不安などが抜毛の前に現れ、抜いた後に安心感や快感が生じるケースも報告されています。
しかし、すべての人がこのパターンに当てはまるわけではありません。
退屈しているときに抜く人や、別のことをしながらほとんど無意識に抜いてしまう人もいます。
そのため現在の診断基準では、以前重視されていた「抜く前の緊張」や「抜いた後の安心感」は必須条件ではなくなっています。
さらに、これまでの研究の多くは、「過去数週間にどんな気分で髪を抜いたか」を後から思い出してもらう方法に頼っていました。
しかし、一瞬一瞬変化する感情や衝動を、後から正確に思い出すのは簡単ではありません。
そこで研究チームは、参加者の日常生活の中で、そのときの状態を繰り返し記録する「生態学的瞬間評価」という方法を使いました。
対象となったのは、抜毛症と診断された成人61人です。
参加者は10日間、午前8時から午後10時までの間に1日7回送られてくる質問に回答しました。
そこでは「今どれくらい髪を抜きたいか」を1から5で評価し、前回の回答以降に実際に髪を抜いたかどうかも報告します。
さらに、不安、怒り、悲しみなどのネガティブ感情に加えて、ポジティブ感情、退屈、疲労、嫌なことを繰り返し考える「反すう」も記録しました。
その結果、実際の抜毛を最も安定して予測していたのは、やはり「髪を抜きたい」という衝動の強さでした。
しかし感情や心身の状態に注目すると、「退屈」と「疲労」がそれぞれ異なる形で、その後の抜毛や衝動と関係していたのです。
より詳しい結果を次項で見ていきます。
実際の抜毛には「退屈」が関係していた
研究チームは、「その瞬間に何が一緒に起きているか」と、「ある時点の状態が次の測定時点を予測するか」を分けて分析しました。
すると、ネガティブ感情の役割には大きな違いが見えてきました。
まず同じ時点の状態を見ると、不安や怒り、悲しみなどのネガティブ感情が強いほど、「髪を抜きたい」という衝動も強くなっていました。
そして退屈や反すうが強いときにも衝動は強く、反対にポジティブな感情が強いときには衝動が弱い傾向がありました。
つまり、嫌な気分と抜毛衝動が同時に現れること自体は、今回の研究でも確認されたのです。
ところが時間の流れを加えて、「その状態が次の測定までの抜毛を予測するか」を調べると結果が変わりました。
ネガティブ感情は、その後の実際の抜毛を有意には予測しませんでした。
一方、感情や状態の中で、その後の抜毛を予測したのが「退屈」です。
さらに「疲労」は実際の抜毛ではなく、次の測定時点で「髪を抜きたい」という衝動が強くなることを予測していました。
この結果は、抜毛症を単に「つらい感情を鎮める行動」と考えるだけでは不十分な可能性を示しています。
退屈は不快な気分である一方、周囲や自分の内側から得られる刺激が乏しい状態とも関係します。
研究者らはそのため、髪を抜くという反復行動には、強すぎる感情を抑えるだけでなく、刺激が乏しいときに自分の刺激レベルを調整する働きが関係している可能性もあると考えています。
もちろん、感情調整という従来の説明が完全に否定されたわけではありません。
実際、ネガティブ感情はその瞬間の抜毛衝動とは関連しており、人や状況によっては感情を和らげるために抜毛するケースもあると考えられます。
ただし今回の研究では、質問の間隔が最大4時間あったため、その間に起きた短時間の感情変化を捉えられていない可能性があります。
また、一人でいたのか、仕事中だったのかといった周囲の状況も記録されておらず、将来方向の関連で確認された効果も全体として小さいものでした。
それでも今回の結果は、抜毛症を「ストレスへの反応」だけで説明するのではなく、退屈や疲労、抜毛衝動、周囲から受ける刺激などを含めた、より複雑な仕組みとして捉える必要があることを示しています。
参考文献
Trichotillomania: Boredom and tiredness outpace negative emotions as predictors of hair pulling
https://www.psypost.org/boredom-and-tiredness-outpace-negative-emotions-as-predictors-of-hair-pulling/
元論文
Trichotillomania: The interplay between emotional states, urges and hair pulling episodes
https://doi.org/10.1016/j.comppsych.2026.152727
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

