最新エンタメ情報が満載! Merkystyle マーキースタイル
“神様”ジョーダンの特異なメンタリティを後輩が証言「自分を極限まで追い込むための何かを常に探し出すんだ」<DUNKSHOOT>

“神様”ジョーダンの特異なメンタリティを後輩が証言「自分を極限まで追い込むための何かを常に探し出すんだ」<DUNKSHOOT>

“バスケットボール界の神様”と呼ばれるマイケル・ジョーダン(元シカゴ・ブルズ)は、一瞬たりとも気を抜くことのなかった生粋の勝負師だったことで知られる。キャリア晩年のワシントン・ウィザーズ時代に、チームメイトとしてプレーしたブレンダン・ヘイウッドが、ジョーダンがレジェンドたる所以を明かしている。

 1984年のドラフト全体3位指名でノースカロライナ大からブルズに入団したジョーダンは、類い稀な身体能力を活かしたプレーでコート上を支配。91~93年、96~98年にブルズを2度の3連覇に導き、そのすべてでファイナルMVPを受賞した。

 史上最多となる得点王10回、歴代トップのキャリア平均30.1点、88年には最優秀守備選手賞にも輝き、NBA50周年記念オールタイムチームと75周年記念チーム選出、バスケットボール殿堂入りなど、2度の現役引退を挟んだ中でその実績と影響力は、NBA史においても別次元と言えるものだった。

 2度目の現役復帰を果たした際は、当時バスケットボール運営部門の社長を務めていたウィザーズで2年間プレー。現役ラストイヤーの2002-03シーズンは40歳ながら全82試合に出場し、平均20.0点をマークした。
  2001~10年までウィザーズに在籍し、NBA13年間で通算816試合に出場したヘイウッドは、元NBA選手のマイク・ビビーとエディ・ハウス、元選手でコーチのタイ・エリスがホストを務めるバスケットボール専門ポッドキャスト『Straight Game Podcast』で、2年間共闘したジョーダンのメンタリティについて振り返った。

「プレーしていると、時々ただ“流して”しまうような夜がある。でも、マイク(ジョーダン)やコビー(ブライアント)といった男たちには、そんな夜は存在しない。

 彼らは自分を極限まで追い込むための何かを常に探し出すんだ。マイクにとっては、『あいつ、5年前に俺に何か言ったな』という些細なことかもしれない。それだけで彼は完全にスイッチが入るんだ。マイクのメンタリティは、本当に別次元のものだった。彼のような精神を持った男は、歴史上そう多くない」

 ヘイウッドは、ジョーダンと同じノースカロライナ大出身。偉大な先輩であり、大学のOB戦にもよく足を運んでいたことから「会っても驚きはしなかった」というが、成功を収めてなお誰よりもハードに練習する姿は「衝撃だった」と振り返る。「マイクはただ現われるんじゃない。朝7時か8時にはもうジムにいるんだ。練習が11時からだとしてもね。(専属トレーナーの)ティム・グローバーと一緒にウエイトトレーニングをし、自身のムーブやフットワークを磨き上げる。一挙一動が計算されていた。

 ジャブステップひとつとっても、『こう踏み込めば相手の足がこう動く』というのを理解しているんだ。ボビー・シモンズのような若手にもフットワークを教えていたよ。毎日、誰よりもハードな競争相手であり、誰よりも努力家である彼の姿を見たことは、一生忘れられない経験だ」
  勝利への執念が人一倍強かったからこそ、ジョーダンはチームメイトへも厳しかったことで有名だ。ヘイウッドも「マイクは常に要求が多かった」と明かす。

「もし君が『彼の勝利を助ける存在』になれないなら、マイクは君に割く時間なんて一秒もない。一秒もだ。マイクは君の兄になりたいわけじゃないし、メンター(助言者)になりたいわけでもない。ただ、君がいるべき場所にいて、やるべき仕事をこなすことを求めているんだ。自分を律しろということさ」

 ジョーダンの偉大な背中は、ヘイウッドのその後のキャリアに大きな影響を与えたようだ。

構成●ダンクシュート編集部

ジョーダンから「ボコボコにされた」過去をガーネットが明かす「親しげに話しかけてきながら、40点取られた」<DUNKSHOOT>

「ジョーダンは別格、比較にすらならない」コビー、レブロンと共闘したアリーザが、それでもGOATに“神様”を推す理由<DUNKSHOOT>

「まさにユニコーンだった」“神様”ジョーダンと対戦した最後の世代、アレンが当時を回想「ものすごく優雅に動く一方で…」<DUNKSHOOT>
配信元: THE DIGEST

あなたにおすすめ