
強烈なイメージとは言うまでもなく、彼が大ブレイクした「トワイライト」シリーズの美しきヴァンパイア役だが、あのひんやりした横顔に苦悩を浮かべて純愛に身を捧げた麗しさから一転、二転、三転、四転…。これまで幾度となく追い詰められ、挙動不審に陥り、ボロボロになった姿に目を釘付けにされてきた。そうして現在、公開中の『ドラマなふたり』でも、ちょっとすてきなメガネ男子の化けの皮が剝がれていき、大いなる人間味あふれる“情けなさ”でまた魅せる。
■ゼンデイヤ×ロバート・パティンソンの“不穏な”ラブストーリー『ドラマなふたり』

なんとゼンデイヤ×ロバート・パティンソンという、超大作からアート系作品まで自在に渡り歩く大スター2人をカップリングした、一見ロマンチックなラブコメ。と思いきや、ハッピーオーラ全開の前半から、いきなり予想外の爆弾投下で急転直下、非常事態が訪れる。結婚が目前に迫る2人の愛の、怪しい雲行きから目が離せない。蛇行を続ける愛の行方とハラハラな展開、そこから漏れ出る“人間の卑小さ”が、すこぶるおかしい。未来の妻を前に目を泳がせ、どうしたもんかと顔を歪めて煩悶するパティンソン演じるチャーリーの運命はいかに!?

カフェで一目惚れしたエマに勇気を出して声を掛け、チャーリーとエマはいつしか誰もが羨む理想のカップルに。出会いから2年が過ぎ、結婚式7日前の晩、付添人の親友夫妻と4人での食事の席で“コト”は起きる。酔いも手伝い、軽いノリで“これまで自分がした一番ヒドイこと”を告白し合った際、エマが告白した「秘密」に3人は本気でドン引き。空気は凍り付く。チャーリーは、エマには自分の知らない別の顔があるのではないかと疑い始め…。
■愛する人の「秘密」を知り疑心暗鬼に陥るチャーリーを好演!

たしかにシャレにならない「秘密」ではあるが、3人の反応の激しさは思わず違和感を覚えるほど。だって3人の“最低行為”は実際に行われたが、エマの「秘密」はいわば未遂。誰しも人を恨み“そんなこと”を思い浮かべることもあるハズだ。“やらかした小さな悪事”と“未遂の大きな悪事”を観客が天秤にかけている間に、チャーリーのエマに対する疑心暗鬼は膨らみ、どんどん態度がぎこちなくなっていく。エマに触れられ顔に嫌悪感がふとよぎる瞬間など、パティンソンの芸の細かさに驚嘆させられる。エマの知られざる姿は現実かチャーリーの妄想か、曖昧なまま彼の挙動不審ぶりは結婚式で頂点に達する。

■誰もがほだされてしまう…ボロボロ姿が世界で人気に

それまでの過程――いまさら式を延期にも中止にもできずに流されていく、チャーリーのどっちつかずの風情が情けなくて笑える。しかも結婚式の最中にいろんな愚行が露見するのだが、それも彼自身が火を注いだうえに引火してしまうのだから、もはや悲惨すぎて吹きだすしかない。はたして四面楚歌に追い込まれたチャーリーの困り切ったトホホな姿の、なんと味わい深いこと(笑)!

そう、ボロボロ姿で彼は真価を発揮する。例えば、社会の底辺で生きてきた兄弟が銀行強盗を企てる『グッド・タイム』(17)では、弟を救いだそうと汗だく&半泣きで奔走する兄を演じたパティンソンの必死の形相は、もはや息苦しいほど。当時、「トワイライト」から追いかけてきたファンは、「なにもそこまでやらんでも…」としばし呆然とさせられたハズだ。

だが、自ら“汚れ役”に飛び込んでいくパティンソンの傾向は、もはやライフワークのごとく続いていく。孤島の灯台守をする2人の男の攻防戦を描く『ライトハウス』(19)では、彼ら(ウィレム・デフォーと互角の勝負!)がどんどん狂っていく、目をひん剥いた狂気の表情にゾゾっと来る。続く大作『TENET テネット』(20)では久々に麗しいスーツ姿も堪能できるが、一方で状況が把握できずに困惑する表情や目が泳ぐ表情が“ミーム化”され、いろんなセリフを載せてSNSを行き交って愛された。
ほかにも先述した『グッド・タイム』のオフショットが伝説のミームとなったり(勝手にTシャツなどアパレルグッズ化されるほどの大バズリ!本人はのちのインタビューで理由がわからず困惑したと語っている)、史上最も暗いブルース・ウェインと言われた『THE BATMAN-ザ・バットマン-』(22)のファーストルックや一場面を切り取った大喜利が行われるなど、パティンソンは数々のミームを生みだし続けている。

そんなふうに“ボロボロに追い詰められる男”を好んで演じながらも、ほとんどが作家性の強い意欲作・秀作ぞろいであるという審美眼の確かさを感じさせるからこそ、観る者は安心してツッコミを入れられる。作品やキャラによって味わいが異なる芸の細やかさ、軽重自在の崩れ方、それゆえの見応えや演技力の高さは、いまや誰も異論はないはずだ。

9月11日公開の『オデュッセイア』では、絵に描いたような悪役を演じる。その憎々しいキャラたるや、これまたミーム化しそうな強烈さだ。卑怯さや卑屈さが表情にも佇まいにも表れているが、同時にどこかで“俺だってそう(勇気ある王のような人物に)なりたかった!”という悲しき叫びが聞こえてくるよう。そんな歪んだ裏の感情を潜ませるのもパティンソンが得意とするところで、崩れゆく男の美学と弱さが表裏一体となって、イヤだけどクセになる魅力を放つ。またインタビューなどで見せる素の反応の正直さ、不器用さ、テンパってしまうかわいさも、彼が愛される大きな理由だろう。

はたして『ドラマなふたり』のチャーリーは、エマのなにを知っていたのか、なにを知ろうとしたのか、しなかったのか。真実の愛とは、結婚とは、幸せとは――。さらに本作が持つ深みとして、社会的・文化的な意識や人間同士の関係性、うっすら“差別”や“偏見”も入り込んでいることも挙げられる。それを土台に、地獄のような紆余曲折を経てたどり着くラストシーンでは、これ以上ないほど情けないチャーリーのボロボロな姿を目撃しながらも、それが愛しくてたまらなくさせる離れ業をやってのけたパティンソン、まさに天晴れである。
文/折田千鶴子
