さる芸能プロの顧問が言う。
「一昔前までは、芸能プロに契約書を結ぶという慣習がなかったと思う。スクールを開校している事務所にはあったとしても、多くは口頭で『ギャラを上げてやる』といった杜撰な仕組みが芸能界だったよ。音事協が先導してから徐々に概念が整備されていった。それでも、きちんとした契約書を結ぶようになったのは近年だろうな」
音事協の功績は、81年に芸能プロとアーティスト・タレント間で結ばれている契約書のひな型「専属芸術家統一契約書」を作成したことが挙げられる。
19年には公正取引委員会の助言を得ながら一部を改訂し、「専属アーティスト標準契約書」として発表。事務所側の契約期間の延長請求に一定の制限を加えて、「移籍金」についても明文化するなど契約内容の透明化に尽力する姿勢も見せている。
もっとも、設立当初からの目的である「タレントの引き抜きによる事務所間のトラブルの防止」に関する具体的な施策までは見いだせてはいないようだ。
前回、伊藤健太郎の移籍騒動を巡り、移籍先である「トライストーン」は音事協加盟社であり、旧所属事務所の「イマージュエンターテインメント」は非加盟社であることに触れた。
近年では森七菜や小芝風花なども、こうした構図の移籍劇に当たるだろうか。
音事協加盟社間での引き抜きはご法度と言われてきたが、非加盟社からの引き抜きは禁じていないのか、また引き抜きトラブルに罰則を設けているかも含め、音事協に問い合わせると、顧問弁護士を務める錦織・新阜法律事務所の錦織淳氏が文書でこう回答した。
「音事協加盟社間であれ、非加盟社との間であれ、音事協としてタレントの“引き抜き”を禁止するとか、それについて何らかのルール(罰則を含む)を設けているということはありません。これらの問題は、基本的には当該プロダクションとプロダクションないしプロダクションと当該アーティストの間の合意により解決されるべき性質のものであります。そして、その合意形成にあたっては、当協会所属加盟社の場合で当協会所定の専属アーティスト標準契約書を使用している場合は、その契約に従って解決することになります」
そして、内閣府と公取委が25年9月に公表した〈実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針〉についても「公正取引委員会と当協会において何度も交渉を重ねた結果、上記(前出の)標準契約書の内容自体はもちろん、その運用についても当協会のいわんとするところが充分に理解されたと理解しています」(括弧内は編集部注)と付け加えている。
加盟社間ですら引き抜きは禁止されていないようだが、専属アーティスト標準契約書を基に、多くの加盟社の良心、不文律に託して規律を守ろうとしているのであろう。もちろん、音事協という圧倒的な後ろ盾があることが前提である。
一方で音事協の傘下になくとも、かつて業界内外で独善的な強権を発動する芸能プロがあった─。

