言わずと知れた「ジャニーズ事務所」は64年に、ジャニー喜多川氏が実姉のメリー喜多川氏のサポートを受けて創業された。
郷ひろみや、たのきんトリオ、シブがき隊、光GENJI、SMAP、嵐など数多くの人気アイドルを輩出し、芸能界で一大勢力を築き上げたのは周知の事実だ。全盛期の「ジャニーズ帝国」がテレビ局や広告代理店、出版社、新聞社などに生み落とす収益は莫大だった。結果、ジャニーズの威光、そして意向は無視することができなかった。
たとえば88年に元フォーリーブスの北公次が著書「光GENJIへ」(データハウス)でジャニー氏の性加害を告発したが、大手メディアからは黙殺された。
01年にSMAPの稲垣吾郎が道路交通法違反(駐車禁止)と公務執行妨害で現行犯逮捕された際には、大手メディアは「容疑者」という表現を避けて「稲垣メンバー」なる風変わりな呼称で報じたものである。
そんな「忖度」の数々について、ワイドショースタッフもうなずく。
「表向き円満に辞めていたとしても、かつてワイドショーでジャニーズを独立したタレントのニュースを扱う際は、現役のジャニタレのニュースとは続けてやりませんでした。30秒ずつ流すにしても、間に別の所属事務所のタレントのニュースを挟む“気遣い”がありました。大手事務所を辞めたら2年間はテレビに出られないといった暗黙の了解があったとされる時代でも、ジャニーズに関してはそれが顕著でした」
そう、特にジャニーズを退所したタレントには、忖度ばかりではなく、「圧力」もあったとされる。
田原俊彦、光GENJIやSMAPの元メンバーをはじめとして、“辞めジャニ”にはテレビでまったく見なくなった時期がある。
「事務所を抜けるとなれば、大手であればあるほど、殺し文句の1つや2つは返されるだろう。『お前、それでやっていけると思うか?』ってな。ジャニーズはそれが露骨だった。メディアに対して恫喝というわけではなくとも、辞める人間の扱いについて含みを持たせてささやくのは序の口。〈つきましては、彼が出演する番組は当事務所所属タレントは出演NGです〉といった文面が一斉に流れる。一番の旗振り役はメリーだったって。自分のところを辞めた人間ばかりか、他事務所のタレントでも気に食わなければその対象。共演してくっついちゃいそうな女優を独断と偏見で毛嫌いしてたって話だけど、それにテレビ局が従ってきたんだから‥‥」(芸能プロ顧問)
そんなジャニーズ帝国が崩壊した─。次回では“辞めジャニ”の告白と、独立タレントの未来をお届けしたい。

