今年のドラフトで、ワシントン・ウィザーズから1位指名を受けた”ドラ1”AJ・ディバンサ。ブリガムヤング大(BYU)でフレッシュマンを終えてドラフトにエントリーした彼は、ハイスクール時代から、“将来のドラ1候補”と呼び声も高かった。
そして実際、豊作と言われた今年のドラフトでは彼の名前が1番手で呼ばれたわけだが、実際に本人も、自信に満ちあふれている。
ドラフトを1か月後に控えたキャンプの場でも、『Andscape』のマーク・スピアーズ記者とのインタビューに「自分はコートの中でも外でもインパクトを与えられる存在だ」と19歳のスモールフォワードは答えている。
「まず、コートの上では、自分は万能型だ。1番から4番までこなすし、1番から4番までガードできる。プレーメーカーであり、スコアラーだ。やるべきプレーをする。でも同時に、ファンが望んでいるようなプレーも見せていく。観客をアリーナに呼べる選手になりたいんだ。
自分はエキサイティングなプレーヤーだ。爆発力があって、ハイライトになるようなプレーを見せる。でもなにより、勝つためにプレーする」
一方でコートの外では、「人に還元することが大好きだ」と語る。
「どの街に行っても、地域のためにいろいろな活動をすることにしている。バスケットボールチームにシューズを提供したり、恵まれない子どもたちに学用品を届けたり。人のために何かをするのが大好きなんだ。もうすでにそういう活動はしていて、これからも続けていくつもりだよ」
コンゴ出身の父が故郷に帰った時に、地元の小学校を訪問して子どもたちに鉛筆などをプレゼントしている姿を少年時代に見て、そうした思いが芽生えたとボストン生まれのディバンサは語っている。
プロとしてのキャリアを始める前から、ブリガムヤング大では氏名・肖像・パブリシティ権(NIL)に基づく報酬として700万ドルを、さらにNIKEやレッドブルといった大手企業とも契約を結んでいた彼は、学生時代から『AJ・ディバンサ基金』を設立して、サポート活動を始めていた。
と同時に異文化に触れることにも貪欲で、この夏は中国や香港を訪れ、北京ではチャイナ服風のファッションに身を包んで名所を観光。万里の長城について、現地ガイドにいろいろな質問を投げかける様子がSNSでも紹介されている。
そうした自身の姿を積極的に発信する一方で、ビジネスパーソンの交流の場であるプラットフォーム『Linkedin』も活用している。NBA界ではステフィン・カリー(ゴールデンステイト・ウォリアーズ)やジェイレン・ブランソン(ニューヨーク・ニックス)などもこのプラットフォームを利用していて、おもにビジネスやコミュニティ活動といった内容の情報を発信しているが、NBA選手でこのサイトを活用している者は多くない。19歳のルーキーともなればなおさらレアだ。
現地時間6月23日(日本時間24日、日付は以下同)のドラフトの会場で身につけたキモノ風のKENZOのスーツも個性的で、一際目を引いた。
そんな彼が、ウィザーズで背負う番号に選んだのは“4”。
「DCで新たなキャリアが始まる。だから新しい番号を選びたかった。これまで3番をつけていた。そして1位で指名されたから、それを足して4だ」
その番号をつけて、ウィザーズの選手として始めて臨んだサマーリーグでは、ユタ・ジャズを92-88で下した初戦でゲームハイの27得点と、2009年のドラ1ブレイク・グリフィン(当時ロサンゼルス・クリッパーズ)と並ぶ歴代最多得点をマーク。有言実行ぶりを証明してみせた。
206cmとそれほど大柄ではないながら、伸びやかな跳躍からのダンクやノールックパスなど、彼自身の言葉通りのオールマイティーなパフォーマンスを披露。
ジャズといえば、ドラフト2位指名のダリン・ピーターソンが所属するチームで、いきなりの1位vs2位対決となったが、ピーターソンは僅差の24得点。この試合でもたびたびマッチアップしていた2人は、レギュラーシーズンでもバチバチの攻防戦を見せてくれることだろう。
そんな彼と二人三脚でキャリアを築いてきたのは、警察官だった父エースだ。ディバンサはNBAの代理人をつけておらず、父親がマネジメントを担い、シャキール・オニール(元ロサンゼルス・レイカーズほか)の代理人だったレオナルド・アルマートがアドバイザー役を務めている。
そうした点にも我道を貫くマインドが表われているディバンツァ。2026-27シーズン注目のルーキーは、コートの内外でNBA界に新風を吹き込む存在になりそうだ。
文●小川由紀子
【画像】シャック、アイバーソン、コビー、レブロン、カリー、ヨキッチ…2000年以降のMVPを受賞当時の写真で一挙振り返り!

