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プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈球界のレジェンドが流した「真夏の涙」〉

プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈球界のレジェンドが流した「真夏の涙」〉

 長嶋茂雄が思わず天を仰いだ。両目は悔しさで真っ赤だった─。

 1973年8月14日、後楽園球場での巨人対ヤクルト16回戦だった。

ヤ 1 0 0 0 1 0 0 0 0=2
巨 0 1 0 0 0 0 0 0 0=1

 巨人は1点を追う9回裏に2死一塁とした。4番の王貞治がバットにつばを吐きかけ打席に入るや三塁側ベンチで指揮をとる三原脩が左手を振った。「歩かせろ」のサインだ。

 マウンドの松岡弘がうなずき、捕手の大矢明彦が「すいません」とつぶやきながら立ち上がった。

 王は「仕方がないな」と苦笑いを浮かべ、次打者の長嶋はこの様子をにらんでいた。

 王敬遠で長嶋勝負─。勝負強い長嶋に長打が出れば、王はサヨナラの走者だった。だが、5番の長嶋は二飛に倒れた。

 この試合、ヤクルトは5打席連続で王を歩かせて、長嶋と勝負をするという挙に出た。ミスタージャイアンツにしてみれば、屈辱も同然だ。

 王は絶好調だった。この時点で31本塁打、打率3割5分、打点74、三冠王へひた走っていた。

 一方、37歳のシーズンを戦っていた長嶋は衰えを隠せない。同時点で16本塁打、打率は2割8分だった。

 知将・三原は松岡と大矢のバッテリーを試合前に呼んでこう告げた。「王の打席になったらみんな敬遠しなさい」

 打撃コーチの中西太も代弁した。

「今の王は手が付けられない。まともに勝負したらやられる」

 そしてこう続けた。

「触らぬ神にたたりなしだよ」

 2回裏、王を敬遠して長嶋は右飛、4回裏にやはり王を敬遠、長嶋は右前打を放ったが、巨人は無得点だった。

 5回裏は王を敬遠して1死満塁。しかし、長嶋の火の出るようなライナーは左翼手・若松勉のグラブにスッポリ収まった。

 7回裏、王が歩いて1死一、二塁の場面で、これまたすごいライナーを飛ばしたが遊撃手・東条文博の真正面を突いた。

 長嶋はさすがにヘルメットをグラウンドに思い切り叩きつけた。2本ともにヒット性の当たりだった。

 73年、巨人は130試合目でⅤ9を達成した。そして、王はプロ野球史上3人目の三冠王に輝いた。

 ちなみに、「王敬遠-長嶋勝負」は62年から74年の13年間で計146回ある。中でも、長嶋の引退前年である73年が25回と最も多かった。

 この年、長嶋は監督の川上哲治から後継に指名されて現役引退を勧められた。

 しかし「もう1年バットを持たせてください」と頭を下げて翌74年の最後のシーズンに臨んだのだった。

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「殴ってなんかいない!」

 炎の男・村山実が男泣きの涙を流して抗議した。

 1963年8月11日、後楽園球場での巨人対阪神のダブルヘッダー第2試合。

神 0 0 0 0 0 0 1 0 0 2=3
巨 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1=2

 1対1で迎えた7回、巨人は1死二、三塁の勝ち越し機を摑んだ。監督の川上哲治は伊藤芳明の代打に左の池沢義行を送った。

 阪神も2番手の本間勝のリリーフに村山の名前をコールした。連投である。

 10日の同カードで先発し、8回まで完全試合ペースだった。史上8人目の大記録まであと3人だったが、船田和英の代打、池沢が1ボール1ストライクから右越えに弾き返し村山の夢を砕いた。巨人ベンチはお祭り騒ぎだった。もっとも、この試合は村山が完投で巨人戦初勝利を挙げた。

 翌日も池沢と劇的な場面で顔合わせ。村山の負けん気が燃え上がり気合が入った。2ボール2ストライク後の5球目は得意とする内角低めの真っすぐだった。「どうだっ!」と村山、しかし球審の国友正一はクビを横に振った。

 村山は血相を変えて本塁へ突進した。

「なにがボールか。しっかり見てくれ!」

 と、今にも飛びかからん勢いだ。

 捕手の戸梶正夫が必死で止めたが、国友は村山が暴言を吐いたとして「退場」を宣告。村山は激怒して再び飛びかかろうとした。

 揉み合う中、国友が戸梶の肩越しに左手を突き出すと村山の顔面に当たってしまった。不幸な偶然だった。

 すぐさま阪神ベンチから監督の藤本定義、コーチの青田昇らが駆けつけて大混乱となった。藤本は国友をバックネット際まで追いかけて胸を小突くなどした。

 藤本は「殴った国友も退場にすべきだ」と詰め寄ったが、国友は「殴ったなんてとんでもない誤解だ」と主張した。

 村山は「なぜ自分が退場なのか」とマウンドに戻ろうとしたが、阪神は退場を受け入れた。この間13分だった。

 村山は汗と涙で顔をクシャクシャにしながら号泣した。

「ワシらは1球1球でメシを食っとるんや。いい加減なジャッジをされたのではたまらん。ワシは命がけで投げとるんや」

 関西人にとって東京への対抗心の象徴は常勝軍団こと巨人だ。村山は巨人の長嶋茂雄、王貞治らに真っ向勝負を挑み続けていた。時には悲壮感が漂った。

 村山の「涙の抗議」は阪神ファンの心を打ち、いまだに語り継がれている。その熱情は「ミスタータイガース」として愛され続けているゆえんでもある。

 なお村山の退場は打者0、登板1の珍記録となっている。

(敬称略)

猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。

配信元: アサ芸プラス

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