貧困化で日本の“治安”は悪化する…「他人を信頼できない国民性」が生んだ“最悪なシナリオ”

止まらない物価上昇、社会保険料の値上げ、低迷する賃金…。

中間層の衰退が叫ばれる昨今、「日本人は貧乏になった」という悲観的なテーマの書籍やニュースも多く見かける。厚生労働省が9月に公表した「2021年 国民生活基礎調査の概況」によれば、「生活が苦しい」と回答した世帯は5割を超えていた。

多くの人が生活に不安を抱える中、警察庁が3月に公表したアンケート(※1)では「ここ10年で治安が悪くなった」と回答した人が約6割いることもわかった。一般的に「貧困と犯罪」は関連付けて語られることが多いが、このまま日本の“貧困化”が進めば、治安も悪化していくと考えるのは安易だろうか。

(※1)全国の15歳以上の男女5000人を対象に昨年11月に実施

犯罪は減り続けている

実は、犯罪認知件数そのものは2003年以降、減少を続けており、2021年は56万8148件と戦後最少を更新した。前述の警察庁のアンケートで「ここ10年で治安が悪くなった」と回答した人の多くは、無差別殺傷事件、オレオレ詐欺などの詐欺、児童虐待などが発生している状況を思い浮かべたことが、アンケート結果から分かっている。

人々が主観的に感じている治安を「体感治安」と呼ぶが、犯罪社会学・社会統計学を専門とする龍谷大学の津島昌寛教授は「体感治安について経年的に調査した結果では、むしろ『治安が良い』と感じる人が年々増えています」と指摘する。


法務省の体感治安に関する調査結果(「令和元年版 犯罪白書」より)

「令和元年版 犯罪白書」には、法務省が平成16年から平成31年までの15年間、治安に関する認識を定期的に調査した結果が掲載されている。前述の警察庁のアンケートで、この10年を振り返った際に「治安が悪くなった」と感じる人が多かった一方、リアルタイムで実感している治安については「良い」と回答する人が年々増えており、むしろ「体感治安」は改善しているということになる。

この矛盾は、なぜ生まれたのだろうか。

「体感治安というのはあくまで感覚的なものなので、客観的な現実を反映していません。

同じような現象が見られるものとして、2011年に実施された『犯罪被害などに関する調査』に、『2年前と比較して犯罪は増えたと思いますか』という質問があります。これによれば、日本全体の犯罪については『とても増えた』『増えた』と回答している人が9割近くいるのに対し、自身の居住地域で犯罪が『とても増えた』『増えた』と回答している人は3割に満たないという結果が出ています。


津島昌寛、浜井浩一「犯罪被害などに関する調査」(2011年)より

つまり『ここ10年』『日本全体』など、日常の実体験から認知できないものについては、どうしても漠然としたイメージで回答せざるを得ません。さらには、無差別殺傷事件など特異な事件が発生すれば、マスコミはその背景や状況について繰り返し報道しますし、SNSでも拡散されます。そのインパクトが人々のイメージに与える影響は大きいのではないでしょうか」(津島教授)

「日本社会そのもの」が閉塞感や不安を醸成している

昨今の社会不安が人々の体感治安に与える影響について、津島教授は「それらが繋がるかといえば、必ずしもそうではない」と指摘する。

「ただし両者の原因はかなり近く、社会不安も体感治安も、他者や社会に対する不信感から来るものが大きいと言えます。『他者や社会を信頼できない人』は、社会不安が大きく、体感治安は悪いと感じるでしょう。

もともと日本人は、世界でも特に世俗的で利己的、他者や社会を信頼しない国民性ということがわかっています。よく『集団主義』と言われますが、本当に集団や社会のことを思って行動しているというよりは、集団の中で上手く立ち回るために行動していると言えます。たとえば周りにたくさん人がいる状況で困っている人がいたら、『困っている人を見ている周りの人はどうするか』を見ている人が多いのではないでしょうか。

そんな日本では今、社会的に孤立する人たちも問題になってきています。他人を信頼できない人が増えれば、社会不安や体感治安についてネガティブな感じ方をする人も多くなってきます。

殺人などの犯罪は決してあるべきではないですが、無差別殺傷事件などでは、実行犯の境遇を自分の境遇と重ね合わせ、共感を覚える人が少なからずいるというのも事実です。最初の無差別殺傷事件がマスコミ等で報じられた後、模倣犯が続きました。そういう意味では、『日本社会そのもの』が閉塞感や不安を醸成していると言えるのではないでしょうか」(津島教授)

今後、日本の“治安”はどうなる?

津島教授は「格差が広がると、犯罪を含めて社会問題が多くなるという考え方があるのは事実です。しかし、貧しくても社会に居場所があったり、周りの人たちに認められていれば、犯罪に直結することはありません」と言う。

「だからといって、今後孤立する人が多くなるにつれ社会不安や体感治安が悪化するかといえば、必ずしもそうではないと思います。日本においては、攻撃性が自分のほうに向いてしまう…つまり精神疾患に陥ったり、自殺に追い込まれてしまう人が多いのではないかと考えています。

いずれにしても、キーとなるのは『信頼』『人、社会との繋がり』です。自分や身内のことだけを考えるのではなく、他者や社会に対する信頼、社会参画ができる人ほど、社会不安も体感治安の悪さも感じにくいと言えます。


津島昌寛、浜井浩一「犯罪被害などに関する調査」(2011年)より

血縁や地縁が希薄になりつつある日本人は今、他者や社会に対して『自分で判断して自分で選択していく』という、これまでになかったことが問われるようになっている『転換期』です。これを乗り越えれば、名実ともに『治安が良い』状態になるのではないでしょうか」(津島教授)