飲酒運転で事故起こし同乗者死亡…現場から逃走しても運転手は「実刑になるかギリギリのライン」の理由とは

佐賀県唐津市で今年2月、酒を飲んだ状態で車を運転して事故を起こし、同乗していた女性を死亡させたうえ現場から逃げたとして、28歳の男性が逮捕された。

罪を重ねた悪質な事故態様で、さぞかし重い刑事罰を負うだろうと考えた人も多いのではないだろうか。

しかし、交通事故対応に注力している伊藤雄亮弁護士は「こうしたケースであっても、実刑判決ではなく執行猶予が付くケースはあります。あくまで私自身がこれまで扱ってきた個別の事案に基づく経験談にはなりますが、正直、これだけ悪質でようやく実刑判決の可能性も考えられる“ギリギリ”のラインというところではないでしょうか」と話す。

また、亡くなった同乗者についても、「(生存していれば)刑事罰の対象になる可能性があった」と指摘する。

一体どういうことなのか。

複数の罪を重ねても「法定刑が足し算されるわけではない」

まずは、今回の事故に関係のある道路交通法の知識をおさらいしよう。

運転手は「飲酒運転」をしていたことがわかっている。飲酒運転には「酒気帯び運転」と「酒酔い運転」がある。

「酒気帯び」とは、呼気1リットル中のアルコール濃度が0.15mg以上、または血液1ミリリットル中に0.3mg以上のアルコール濃度を含んでいる状態のこと。

一方の「酒酔い」は、呼気・血液中のアルコール濃度は関係がなく、ろれつが回っていない、白線の上を直進できないなど、“客観的”に見てアルコールが原因で正常な運転ができないと判断できる状態のことだ。


政府広報オンライン「飲酒運転は絶対に「しない!」「させない!」」より

「飲酒運転」はそれだけで、上図のように行政処分・刑罰が科される。さらに今回の事故の運転手のように、人を死傷させれば、「過失運転致死傷罪」や「危険運転致死傷罪」としての処罰も受けることになる。

そして人身事故を起こしたにもかかわらず飲酒運転の発覚を恐れ、その場から逃げたり、応急処置を怠ったりした場合には、また別の罪を重ねることになる。道路交通法によって定められている、事故の「報告義務」「救護義務」違反だ。

報告を怠った場合は3か月以下の懲役または5万円以下の罰金。救護を怠れば、5年以下の懲役または50万円以下の罰金が科せられる。

このように罪を複数重ねた場合、裁判ではどのように判断されるのか。

「起訴状には複数の罪状が列挙されますが、それらの法定刑を足し算して判決を出すわけではなく、あくまでも総合的な悪質性が判断されることになります。

前科があったり、任意保険に加入しておらず賠償金を支払えないなどの事情があれば話は変わりますが、そうでなければ、今回のケースのように悪質な要素が重なってようやく実刑判決が現実味を帯びてくるというのが、交通事故裁判の実態ではないかと思います」(伊藤弁護士)

飲酒運転“同乗者”は死傷しても「賠償額の減額」免れない

冒頭の佐賀県唐津市で起きた事故について、伊藤弁護士は「同乗者にも問題がある」と指摘する。

「飲酒運転の車に乗り亡くなった同乗者は、事故に巻き込まれた『被害者』であることは確かです。しかし同時に、法律上は、運転手の飲酒を知りながら同乗した人もまた、道路交通法に違反した者として扱われることになります」

運転手が「酒気帯び」だった場合、同乗者には2年以下の懲役または30万円以下の罰金が、「酒酔い」だった場合には、3年以下の懲役または50万円以下の罰金が科されることになる。

さらに、同乗者自身が道路交通法に違反していることから、たとえ死傷したとしても慰謝料や損害賠償の額は「過失相殺」がなされる可能性が高いという。

「今回の事故の詳細はわかりませんが、裁判でも通常『同乗者が(運転手の飲酒について)知らなかったとは考えにくい』と判断されるのではないでしょうか。そうなれば“過失相殺”事由と見なされ、慰謝料や賠償額の減額も免れないでしょう。

また今回のようなケースでは、亡くなった同乗者にも責任があったとして、運転手への刑事裁判の判決が執行猶予付きに傾く可能性も十分に考えられると思います」(伊藤弁護士)

交通事故の量刑「悪質でも軽い」

伊藤弁護士は「交通事故の被害者支援をしている私の感覚ではありますが」としつつ、罪を重ねるような“悪質な事故態様”であっても「運転手に対する量刑は軽い」と話す。

「今回のケースも、飲酒運転だけで十分に危険な行為ですが、それに加え同乗者の救護を行わずに逃走していますから、一般的な感覚としては『実刑が出るだろう』と思われる方が多いように思います。

ですが、ただでさえ軽い量刑になりがちな交通事故裁判で、同乗者にも違反がある。具体的な飲酒の程度などの情報が分かりませんので確たる予想はできませんし、実刑判決の可能性も十分に考えられるとは思いますが、私自身の過去の経験を踏まえると、冒頭に述べたように、実際には実刑と執行猶予付き判決のボーダーライン上のケースと考えられるように思います。

個人的には、刑事裁判では、同乗者に違反がある場合でも、そのことが運転手の違反の悪質性を軽く見る理由になっているのかは疑問に思いますし、運転手の悪質性を直視した上で判決を出してほしいと思います」