「このままでは裁判制度が危ない…」国を相手に「違憲訴訟」を提起 “現職裁判官”が語る、裁判官・公務員の“地域手当”「深刻すぎる問題」とは

津地方裁判所民事部総括の竹内浩史判事が4月16日、「転勤によって地域手当が減るのは憲法80条2項に違反する」として、国を相手取り、減額分の合計約240万円の支払いを求めて訴えを提起する意向を明らかにした。

現職裁判官が国に対し「違憲訴訟」を提起するという異例の事態。厳しい戦いが予想されるなか、あえて提訴に踏み切った意図はどこにあるのか。また、現行の裁判官の地域手当の制度にはどのような問題があるのか。竹内判事に話を聞いた。

※インタビューは5月3日に名古屋市内で行った。

地域手当の不均衡は「全公務員の問題」

国に対し訴訟を提起しようと思ったきっかけは何ですか?

竹内浩史判事:「もともとの意図としては、裁判官の給与のなかで、地域手当の差が大きすぎるというものでした。地域手当は報酬額の3%から20%まであります。0%、つまり設定されていない地域もあります。

裁判官についてこれだけの差をつけるのは、昇格・昇給と相まって、差別の温床になる可能性があると考えています。

また、支部の裁判官によっては『こんなに大変なのに、地域手当が低いせいで収入が大きく減った。やっていられない』ということで、裁判官を辞めてしまうケースもあります。

このままでは、裁判官のなり手が不足し、国民に司法サービスを提供するという裁判所の機能が果たせなくなってしまうという危機感があります。

もともと、地域手当については問題があると考えていたのですが、今回、提訴を思い立ったのは、私自身にその弊害が及んできたことと、前述したような危機感が募ってきたからです」

いつ頃から地域手当についての問題意識を持っていたのですか?

竹内浩史判事:「私は地域手当の制度が設けられた当時から、この制度には問題があると感じていました。

私は2003年に裁判官に任官しましたが、もともとは弁護士で、市民オンブズマンを務めていました。市民オンブズマンの仕事は、行政を監視し、市民の苦情や意見を吸い上げ、時には自治体に対して勧告を行うことです。裁判官の給与制度等の司法行政についても、そのような視点で見る習慣ができています。地域手当についても例外ではありません。

しかし、裁判に訴えるには、『事件性』『当事者性』の要件を備えていなければなりません。基本的には、自分自身の権利義務に関する具体的な問題が生じていなければ、訴えを提起することができないのです。

今回、提訴に踏み切ることにしたのは、私自身が地域手当の制度によって実質的に損害を被ることになったからです」

4月16日に記者会見を開いた後、どのような反響がありましたか?

竹内浩史判事:「意外に好意的な反響が多く、驚いています。

裁判官は身分保障が手厚くて高給取りなのに何を言ってるんだ!というとらえ方をされるかと思っていました。しかし、裁判官の方だけでなく、その他の公務員の方や、民間企業に勤めるサラリーマンの方にも共感を得られていると感じています。

特に地方公務員の方から、地域手当の問題の不合理を訴える声が寄せられています。地方公務員にも地域手当の制度がありますが、国家公務員の基準に合わせて設定されています。ここに不均衡が生じています。

それを知って、地域手当の制度は裁判官だけでなく、すべての公務員、ひいてはすべての勤労者にかかわる問題だと考えるに至りました。

訴えを提起するにあたっては、合憲・違憲以前に、裁判官を含むすべての公務員の地域手当の適法性について争うつもりです」

地域手当の不均衡の実態

具体的に、地域手当についてどのような不均衡が生じているのでしょうか?

竹内浩史判事:「国家公務員の地域手当については、『級地区分』が定められています(※)。すでに述べたように、地方公務員の地域手当もこの基準に従って支給されています。

たとえば、月給100万円とすると、1級地の東京23区なら20万円(20%)、7級地の愛知県豊橋市なら3万円(3%)です。もちろん、ないところもあります。

いくら物価が都会と地方で違うからといって、20%の違いなんてありえません。

都会と地方で最も差が大きいのは住居費だと思います。しかし、住宅手当が地域手当と別に設けられています。しかも、裁判官の場合は官舎に住むことが多いので、そもそも住居費の格差はあまり考えなくてもよいのです。

食料品や日用雑貨、家電製品であれば、都会のほうが安売りの店が多かったりします。しかも、今はネットショッピング等も使えます。

これほど地域手当の格差が大きいと、裁判所上層部による人事統制と相まって、差別の温床になる危険性があります。

それに加えて、地方の小さな支部によっては、地域手当の差以上に、実質的な格差が生じることになります。

たとえば、小さな支部だと宿直のときに宿舎がないのでホテルに宿泊せざるを得ませんが、そのときのホテル代は裁判官の自腹なのです。『宿直代』のようなものはありません。他にも、裁判官には持ち出しが生じることがあります。もし、地域手当がなかったり少なかったりする裁判所に勤務するとなると、地域手当が低くなるのに加え、ホテル代も自腹ということになります。

さらに、地域手当の級地区分自体、首を傾げざるを得ません。級地区分をみると、1級地(20%)は東京23区のみ。これはいいとして、2級地以下のラインナップに違和感があります。

2級地(16%)についてみると、茨城県が『取手市、つくば市』、埼玉県が『和光市』、千葉県が『袖ケ浦市、印西市』、愛知県が『刈谷市、豊田市』などとなっています。

茨城県には水戸市(5級地・10%)、埼玉県にはさいたま市(3級地・15%)、千葉県には千葉市(3級地・15%)、愛知県には名古屋市(3級地・15%)といった大きな都市があるのに、それらよりも級地区分が高くなっているのです。

私が勤務する津地方裁判所がある三重県でも、最も級地区分が高いのが「鈴鹿市」(4級地・12%)で、県内最大の「四日市市」(5級地・10%)、県庁所在地の「津市」(6級地・6%)はその下になっているのです。

どういう基準でこうなったのか。なんらかの統計操作があったのではないかと疑っています。たとえば、埼玉県和光市には税務大学校があります。財務官僚の出向先が優遇されているのではないか、などと勘ぐってしまいます。

現行の地域手当は、2005年に導入されました。級地区分はそのさらに10年前、つまり1995年時点の民間の統計を参考に決めたと言われています。どのような統計を用いたのか、そこからどのようにして級地区分を決めたのか、明らかにされるべきでしょう。

近年、賃金統計、物価統計の偽装等の不正が発覚しています。私は、市民オンブズマンやマスコミにぜひ、この問題について調査してほしいと考えています」

(※)国家公務員の地域手当の級地区分(厚生労働省HP)

地方公務員についても言及されましたが、どのような実態を把握していますか?

竹内浩史判事:「地域手当の差があるために、自治体ごとに採用難のところが生じていると聞いています。隣り合う市町村でも、地域手当の額に大差があったりするのです。

たとえば、看護師の不足が社会問題になっていますが、看護師も地域手当が低いところは行きたがらず、高いところに行きたがるという傾向があるそうです。

愛知県でいうと、豊田市(2級地)は人気があるのに対し、蒲郡市(級地区分なし・0%)は人気がなく採用難に陥っているという話があります。

居住する自治体と勤務先の自治体は別です。たとえば、近隣の岡崎市や額田郡幸田町に住む人は、地域手当が高い豊田市の方に就職したくなるのは当然でしょう。

現に、昨年12月に、滋賀県近江八幡市が国会と政府に対し、『地方公務員給与の地域手当見直しに関する意見書』を提出しています。

その中で、『滋賀県内の各自治体においては、地理的に広大な県でないにもかかわらず地域手当が非支給地から10%支給地まであり、社会経済環境や生活実態において大きな差がない地域の実情以上の自治体間格差が生じている』と指摘して、配慮を求めています」

裁判官に話を戻します。裁判官には転任拒否権がありますが、それを行使するわけにはいかないのですか?

竹内浩史判事:「たしかに、裁判官には法的には転勤拒否権が認められています。しかし、裁判官が実際に『地域手当が低い地域に赴任したくない』と言って転任拒否権を行使することは、容易ではありません。

裁判官は全国的にみて足りていません。他方で、裁判官の総数には限りがあります。もし、自分が転任拒否権を行使することによって司法サービスの提供に支障をきたすことになると考えると、転任拒否権はおいそれと行使することはできないのです。

裁判官としての使命感から、地域手当が減ったりなくなったりするのを覚悟の上で、耐えて赴任しているのが実情です。

たとえば、1月1日の大地震で甚大な被害を受けた能登地方には金沢地方裁判所の支部・簡易裁判所が3か所あります。

業務を行うにも困難な場所です。しかも、地域手当は1円もありません。それでも、もし赴任してほしいと言われたら、使命感のある裁判官ほど、転任拒否権を行使できないのではないでしょうか。

そのような立場にある裁判官に対し、地域手当の制度によって給与が下がるというのを甘受させるというのは、在任中の報酬の減額の禁止を定めた憲法80条2項の趣旨に反すると言わざるを得ません」


竹内浩史判事(5月3日名古屋市内/弁護士JP編集部)

どのような請求を立てて争うのか?勝算は?

国を相手に訴訟を提起する場合、どうしても「立法裁量」「行政裁量」の範囲内ということで「適法・合憲」と判断されがちです。どのような争い方を考えていますか?

竹内浩史判事:「最初は、裁判官の報酬の減額を禁止した『憲法80条2項違反』を理由とする差額請求を第一に考えていました。記者会見のときも、そのように話しました。

しかし、その後、前述したような反響に接して、戦略を変えることにしました。本人訴訟として一人で訴訟を提起するつもりでしたが、市民オンブズマンと労働弁護団が、弁護団を組むことを申し出てくれました。それで、今、戦略を練りながら、訴状を作成しているところです。

まず、裁判官の地域手当は、国家公務員の給与について定めた人事院規則に従っています。地方公務員の地域手当も、これに準じて定めるべきものとされているようです。つまり、地域手当の問題は、裁判官のみにとどまらず、公務員全体の問題ということです。

そこで、地域手当について定めた現行の人事院規則は、行政側に裁量があることを考慮に入れても、その裁量の範囲を逸脱して著しく不合理であり、『全体として違法』であると主張します。

その上で、私が受け取った給与は違法なルールに基づいて支給されたものなので、本来あるべき支給額との差額の約240万円を支給してください、という請求を行います。

訴訟の形態としては、国家賠償請求ではなく、『公法上の実質的当事者訴訟』(行政訴訟法4条後段)というものです」

その場合、「違憲」の問題は生じないように思えますが。

竹内浩史判事:「違憲の主張をしないわけではありません。先ほどの地域手当の不均衡についても、そもそも憲法が定める『法の下の平等』(憲法14条)の趣旨に反するという面があります。法令の解釈は、憲法の趣旨に適合するように行われなければなりません。

また、4月16日の記者会見で話した『憲法80条2項違反』については、私自身は明確に違憲だと考えていますし、訴訟でも重要な争点の一つとして主張するつもりです。

裁判官の地域手当は実質的にみて憲法80条2項が定める『報酬』にあたるか、あるいはこれに準じるものなので、現行の地域手当の制度は同条項に違反し、違憲無効だと主張するのです。

前述したように、裁判官には本来転任拒否権がありますが、事実上、行使することはきわめて難しい立場におかれています。それなのに、地域手当が最大で報酬額の20%と大きく設定されており、憲法上の『報酬』にあたらないというのは無理があるのではないでしょうか。

転任によって事実上、報酬額と地域手当の額を合算して最大で16.7%が減ってしまうというのは、憲法80条2項に違反すると考えざるを得ません。

地域手当の表を決めているのは人事院であり、最高裁は独自に決める権限があるにもかかわらず、それをそのまま受け入れています。裁判官の身分を保障し、公正な裁判を実現するという憲法80条2項の趣旨からは、とうてい是認できることではありません。

なお、憲法80条2項違反とは別に、私自身が受けている昇格・昇給差別についても争うつもりです」

率直に言って、勝算はどれくらいありますか?

竹内浩史判事:「勝算があるかどうかは未知数ですが、きわめて厳しい戦いになると覚悟しています。ただし希望はあります。

第一に、現在の裁判官の中には、20年前に地域手当の制度の創設にかかわった人はいません。地域手当の制度の是非を判断するにあたって、現在の裁判所にはしがらみはないといえます。

第二に、今回、訴えを提起して、仮に最高裁まで争えば、判決が出るのは数年後になるとみられます。そのとき、最高裁判所の政策が変わっている可能性があります。

現状、司法修習生が裁判官に任官したがらないという実態があります。優秀な修習生は『四大法律事務所』等に行ってしまうのです。これは、裁判所が風通しが悪い職場だと思われているからだというのは否定できません。

たとえば、現在、人事院では国家公務員の地域手当の見直しが行われている真っ最中です。裁判所も人事院から意見を求められているはずです。それなのに、現場の裁判官の声を聞こうという話は一切ありません。

日ごろは、裁判所の業務のIT化とか、細かい事項に至るまでひっきりなしに意見聴取を求めてくるにもかかわらずです。元市民オンブズマンとして、これを見過ごしにはできません。

また、裁判官は自由な言動ができないというイメージが定着してしまっています。1971年の『宮本判事補再任拒否事件』、1997年の『寺西判事補事件』、そして今年4月の岡口元判事の罷免、こういったことがあるたびに、裁判官は不自由だというイメージが強くなることを危惧します。

実は、私も、司法修習の後に裁判官の道を選ばずに弁護士になったのは、裁判所に対するそうした負のイメージがあったからです。

それに加えて、地域手当の問題もあるとしたら、ますます裁判官のなり手がいなくなってしまうのではないか。地域手当が給与に占める割合がここまで大きいと、人事による統制と合わせて差別の温床になる可能性があります。

そのような切迫した危機感は、裁判所内部でもっと共有されるべきです。個々の裁判官の使命感に依存するのは決して望ましい事態ではありません。

今回の訴えの提起には、このような問題を世の中の人々に広く知っていただくという社会的意義があると考えています」