「すまん、他に思いつかんかった」上司が部下に“キス”して懲戒解雇 激怒した会社は「損害賠償」も請求…裁判所の判断は

社内でお酒を飲みながら突然、キス。

男性上司Xさん(42歳)が女性部下Aさん(24歳)に行った愚行である。

会社がXさんを懲戒解雇したところ、Xさんが「懲戒解雇は無効である」として提訴。裁判所は「懲戒解雇はOK」と判断した。(東京地裁 R6.7.30)

一瞬の愚行で“退場”を命じられたケースである。以下、事件の詳細だ。(弁護士・林 孝匡)

事件の経緯

会社は、光ファイバーを利用したインフラ構築および技術開発などを主な業務としている。キスした男性上司Xさんは営業部門のナンバー2の役職にあった。

■ キスした状況
女性部下のAさんは、上司Xさんに同行して営業活動の指導を受けていた。ある日の夜、ふたりは飲食店へ。お店を出たあと、XさんはAさんに「事業所でもう少し話そう」と提案した。

事業所の中でお酒を飲み始め、会話をする中で、AさんはXさんに仕事の悩みを相談し、営業の目標が達成できないと泣き始めた。

すると、Xさんは突然、両手でAさんの顔を引き寄せ、キス。イケメン俳優にしか許されない所作である。Aさんは突然のことでショックを受けたのであろう。その5分後には事業所を出た(Xさんも同時に退出)。

■ 謝罪LINE
その翌日、上司Xさんは部下Aさんに「すまん、わかっていたけど他にテンションを上げる方法が思いつかんかった」とLINEを送信した。選択肢が少なすぎる…。

それに対してAさんは「もうやめてくださいね!」と返信した。

■ うつ状態になる
その翌日、部下Aさんは業務時間中に体調不良を感じ、メンタルクリニックに行った。Aさんは医師に対して「もう会社に行くのがしんどい、上司にキスされた」と訴え、うつ状態であると診断された。

Aさんは会社に対しても「上司Xさんからキスされた」と報告し、診断書を提出した上で休職した。

■ 事情聴取
部下Aさんから報告を受けた会社は激怒である。取締役は上司Xさんから事情聴取をし「ハレンチな行為をしなかったか?」と質問したところ、Xさんは否定した。

■ 懲戒解雇
キス事件から約1か月半後、会社は上司Xさんを懲戒解雇した。解雇の理由は「従業員に対して悪質なセクハラ行為を行った」というものである。

■ 告発状の提出
さらにその半年後、会社と部下Aさんは「上司Xさんを強制わいせつ罪で告訴する」旨の告訴状を提出した。その後、Xさんは、強制わいせつ罪の被疑事実により逮捕されたが不起訴処分となっている。

Xさんは「懲戒解雇は無効である」旨主張して提訴した。

裁判所の判断

裁判所は「懲戒解雇はOK」と判断した。

なお、上司Xさんは裁判で以下のような反論をしていた。

「部下Aさんは私からのキスを受け入れていた」
「私はAさんの頭を引き寄せていない」
「具体的にいうと、Aさんが足を私の太ももに乗せており、私が右手でAさんの足を下ろし、左手をAさんの右頬の辺りに添えてキスをした」

なるほど。とても具体的なのだが、裁判所は「謝罪LINEを送信していることなどからすれば、Xさんの主張は不自然であって採用することはできない」と一蹴している。そして「XさんはAさんの意思に反して、いきなり唇にキスをするというわいせつ行為に及んだ」と判示した。

さらに裁判所は以下のとおり認定。

XさんがAさんにおいて行為に同意しない意思を表明するいとまがないままにキスしている点において、心理的負荷が極度のものとされる「強姦や、本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメントを受けた」に匹敵する(「心理的負荷による精神障害の認定基準について」厚生労働省生労働省基準局長)
キスの直後から約3か月も休職することを余儀なくされている

そして裁判所は、このキスは「強制わいせつ罪(改正前刑法176条)」にも該当すると判断しており、「Aさんの精神疾患を悪化させ、休職を余儀なくさせるという結果を生じさせたものであって、会社の秩序や風紀を著しく乱した」としている。

■ 反省の態度が見られない
裁判所は、「Xさんが『部下Aさんはキスを受け入れていた』などと主張して、自己の非を認めていない」と指摘し、「たしかにXさんに懲戒処分歴はないが、懲戒解雇が権利濫用になるとはいえない。OKである」と結論づけた。

ちなみに、会社はXさんに対して「Xさんのセクハラのせいで取締役が調査せざるを得なくなり人件費や交通費などの損害が発生した」と主張し損害賠償請求もしていたが、裁判所は「損害が発生したとは認定できない」との理由で棄却している。

他の裁判例

約16年前の事件では、下記のような発言をした上司がいた。しかし「懲戒解雇NG」との判決が出されている。

「私のひざに座ってビールを注いでくれないか」
「胸が大きいね、何カップかな」
「犯すぞ」
(Y社(セクハラ・懲戒解雇)事件:東京地裁H21.4.24)

昔はこのような発言でも懲戒解雇NGとなったが、現在では、女性に対するセクハラに対して裁判所の態度が年々厳しくなっている印象を受ける。

昨今、上記発言をするような「バカ」は少ないと思われるが、一瞬の気の緩みで会社から“一発退場”を命じられる時代だ。私を含めお酒の場で饒舌になってしまう方は、身を引き締めて参加する必要があるだろう。