◆昔の「おおらかな死に方」はもう無理?

しかし、訪問診療をしてくれるかかりつけ医がいない場合、家族が家で突然死したときに、ちょっとしたトラブルになります。
場合によっては保護責任者遺棄致死で、容疑者にされてしまうかもしれません。こういった風潮もどうかと思いますが、それを防ぐためにも、やはり訪問診療をしてくれるかかりつけ医が必要なのです。
昔はもっとおおらかでした。昭和30年代(1955年~)までは4分の3の人が家で死んでいたのです。私の祖父母もそうでした。
同居していた私の伯母たちが近医と連携して上手に看取ってくれたのです。
母方の祖父は医者でしたが、私と同じで引退後、普段から病院へは行きませんでした。年をとって軽い脳卒中を患いましたが、日常生活はできていました。そして、だんだん身体が弱ってきて老衰したのです。
もし検査をしたら、ガンなどの病気があったかもしれません。しかし、検査をしなかったので、死因は老衰です。
このように、明治、大正生まれの人は、子や孫たちに家で、人の死に方を見せてくれたのです。
◆80代の親を遠隔で看取る難しさ
今は核家族化が進み、親と同居する人が少なくなったので、死に方を見せようにも、見せられない面もあります。私の知人も80代のお母様を札幌に残し、京都に住んでいて、お兄様は栃木だと言っていました。お母様の身体がいよいよ動かなくなってきたときには、施設に入れるとのことでした。
しかし、特別養護老人ホームのような施設に入っても、必ずしも施設で死ねるわけではありません。このような施設では、周辺の医療機関から配置医が定期的に訪問・診察・投薬をおこないます。
重篤な状況や医師がいないときの急変などでは、施設が119番して、病院へ送ることがあるからです。
石飛幸三先生や中村仁一先生のように施設でお看取りをされている医療者もいますが、まだまだ少数派です。あなたが病院ではなく施設での看取りをご希望されるなら、施設と家族の理解と協力が必要です。
家族が「なんで、病院へ連れていってくれなかったのですか」というクレームをし、施設の人に迷惑をかけないように、事前のコミュニケーションが大切になります。
いずれにせよ、事前にリヴィングウィルを書いておくことは大事だということです。
〈文/矢作直樹〉
【矢作直樹】
1956年、横浜生まれ。1981年、金沢大学医学部を卒業後、麻酔科、救急・集中治療、内科の臨床医として勤務しながら、医療機器の開発に携わる。1999年、東京大学工学部精密機械工学科の教授に。2001年に同大医学部救急医学分野教授、同大病院救急部・集中治療部部長。2016年3月、任期満了退官。東京大学名誉教授。著書に『人は死なない』(バジリコ)、『おかげさまで生きる』(幻冬舎)、『天皇の国』(青林堂)など

