
令和5年度の司法統計によると、家庭裁判所に申し立てられた相続に関する争い件数は13,872件でした。毎日のようにどこかで起きている相続トラブル、またその原因や内容はさまざまであり、「自分には関係ない」「自分は大丈夫」などということは決してありません。では、具体的にどのような相続トラブルが起きているのか、またその状況ではどのように立ち回ればいいのか、とある兄弟の事例をもとに弁護士が解説します。
母を亡くした55歳男性の後悔
「俺が兄貴を信じたせいで……母さん、ごめんなぁ」
都内のプライム上場企業に勤めるサトシさん(仮名/55歳)。3年ぶりに訪れた実家の座敷で、彼は泣きながらそうこぼしたといいます。
その傍らで、焼香の煙を眺めながら、金色のロレックスをこれ見よがしに光らせているのは、5歳上の兄、無職のタカシさん(仮名/60歳)です。
サトシさんの後悔の念は、葬儀の準備が進むにつれて「怒り」へと変わっていきました。
サトシさんと兄のタカシさんは、かつては仲の良い兄弟だったそうです。しかし、父が10年前に他界してから、兄弟の歩む道は大きく分かれたといいます。
サトシさんは東京で家を買い、仕事に追われる日々。一方、地元に残った兄は数年前に勤め先を早期退職し、「俺は独り身だし仕事もしていないから、母さんの面倒は俺がみる」と買って出てくれました。
「兄貴には感謝していました。盆暮れに帰れない時も、『俺がいるから大丈夫だ。お前は仕事に集中しろ。そのほうが母さんも喜ぶ』という兄の言葉を鵜呑みにしていたんです」
電話越しに聞く母の体調はいつも「変わりない」とのこと。また、サトシさんは介護費用として月々数万円の送金も続けていたといいます。
しかし、3年ぶりに帰省した実家の光景は、想像を絶するものでした。
“変わり果てた実家”に絶句
実家の庭は荒れ放題。玄関を開けるとカビと埃の臭いが立ち込めます。母が最期まで過ごした居間の畳は擦り切れ、冬場だというのに古い綿毛布が一枚あるだけでした。
「お袋、こんな寒いところで……」
愕然とするサトシさんの視界に入ったのは、居間の座卓に無造作に置かれた兄の私物です。有名ブランドの財布に最新のスマートフォン、そして庭に停められた見慣れぬ外車のキー。不審に思ったサトシさんは、母の遺品整理を名目に、仏壇の引き出しに隠されていた数冊の預金通帳を手に取ります。
サトシさんが唖然とした「通帳残高」
「手が震えました。父が遺したはずの3,000万円近い貯金が、この3年で1,000万円を切っていたんです」
その夜、サトシさんは兄を問い詰めました。兄は悪びれる様子もなく、信じられない言い訳を口にします。
「介護は精神的にきついんだよ。これは報酬みたいなもんだ。母さんだって、俺が格好良くしているのを喜んでいた。お前みたいにたまに顔を出すだけの奴に、何がわかるんだ」
母には質素な暮らしを強いつつ、その裏で母の資産を食いつぶし、自分だけが贅沢を謳歌していた兄。サトシさんは、兄の「任せろ」という言葉を信じて放置した己の甘さを呪いました。
「兄を信じて何もしなかった自分にも非はあると思います。ただ、このまま兄がのうのうと暮らすのは許せません。どうにかならないでしょうか?」
サトシさんは葬儀を終えた直後から弁護士のもとへ通い、兄による財産の「使い込み」に対する法的措置を検討しています。
