子育てを考え、地元へUターン
転機は、鹿児島県出身の女性との結婚でした。夫婦ともに教員・実家も県外という環境で、将来子育てができるだろうか・・・と暮らしを見つめ直すことがありました。頭に浮かんだのは地元・いちき串木野市での生活。2023年4月、教職を辞し、いちき串木野市へUターンしました。「もったいないという気持ちもありましたが、後悔はありません」ときっぱり。

木之下さんのことばから固い決意が伝わってきました。
木之下さんの実家は、50年以上続く果樹園です。農業に携わると決めたとき、両親からは反対もあったといいます。「大変さを知っているからこそだったのだと思います」と木之下さん。それでも、その決意が揺らぐことはありませんでした。
就農の先にあった家族との時間
現在、就農2年目。農業大学校で基礎を身につけ、日々の作業のなかで父から学び、経験を重ねています。

出荷の準備の様子
Uターン後、第一子が誕生しました。早いときは夕方5時半に帰宅。子どもをお風呂に入れるのが日課です。周りからは「思い切ったね」「よく決めたね」と、教員を辞めて就農したことに驚きの反応があるといいます。しかし、「教員をしていたら、正直ここまで子育てに関われなかったと思っています」と木之下さん。お昼には自宅へ戻り、在宅ではたらく妻と食卓を囲む――。家族と過ごす時間が、確実に増えたといいます。「太陽が出ているうちに働いて、日が沈んだら休む。人間らしいリズムですね。農業に関わるようになってから、季節の小さな変化に気づくようになりました」


