樹木は景色であると同時に、草花のための環境でもある

この庭の樹木の多くは落葉樹で、春に花を咲かせてくれるのはプルヌス・バージニアナ‘ベイリーズセレクト’、ウワミズザクラ、ジューンベリー、アロニア。すべて白い花が咲きます。落葉樹のよさは、季節ごとにその役割を変えてくれるところにあります。春、まだ葉が出そろう前には、枝のあいだからやわらかな日差しがたっぷりと差し込みます。その光を受けて、木の下では原種の球根類や原種シクラメン、クリスマスローズ、ビオラたちが、いちばんよいタイミングで花を見せてくれます。

夏になると葉が茂り、今度は強い日差しを遮って、地面の乾きすぎも防いでくれます。秋になり落葉してくると、地面に日が当たるようになると、原種シクラメンが咲いてきます。冬には落葉して、ふたたび低い日差しを地表に届けてくれる。樹木は、季節を通して庭の環境を調整してくれている大切な役目を果たしています。

私は、庭の植物が無理なく育っている景色が好きです。がんばって咲かせている、という感じではなく、その場所に合った植物が、その場所に合った姿で自然に咲いている庭に心惹かれます。こうした景色は、花だけを選んでいても生まれないのだと思います。どこに木を置くか、その木が何年か後にどのくらい枝を広げるか、葉を落としたときに冬の光がどう入るか、春の木漏れ日が足元にどう届くか。そういう時間の流れまで含めて考えられているからこそ、草花が心地よさそうに見える環境ができるのだと思います。

安酸さんは、花を飾るように並べるのではなく、植物どうしが支え合う関係をつくっておられるのだと思います。樹木は上の層で光を整え、その下で草花が季節を受けとめる。さらにその足元には、虫たちが訪れ、風が通り、影が落ちる。庭は平面的な花壇ではなく、上から下まで、時間も含めて重なり合う空間なのだと感じます。
樹木は、花を引き立て、庭の外をやわらかく隠す
この庭の木々を見ていると、樹木には本当にいくつもの役割があるのだと感じます。春に白い花を咲かせ、足元の草花が育つ環境を整え、木漏れ日をつくってくれますが、それだけではありません。私にとって木々は、ほかの植物を美しく見せる背景でもあり、庭の外にある現実の風景をやわらかく受け止めてくれる存在でもあります。

私は淡いピンクのつるバラが好きなのですが、その色合いは繊細なぶん、背景によって印象が大きく変わると感じています。やさしく、夢のある色ですが、一歩間違えると輪郭があいまいになったり、甘く見えすぎたりもします。そんなときに、樹木の葉や枝の存在が本当に大きいのです。

特に、プルヌス・バージニアナ‘ベイリーズセレクト’の銅葉は、この庭の中でとても大切な役割を果たしてくれていました。銅色を帯びた葉は、深く落ち着いた色を持ちながら、春の光の中では重く沈みすぎず、むしろ景色にほどよい奥行きを与えてくれます。その前に淡いピンクのバラが咲くと、花色がふわっと浮かび上がるように見えるのです。主役として前に出すのではなく、そっと支えるような背景。その控えめな力が、私はとても好きです。
庭づくりをしていると、つい花そのものの美しさに目が向きますが、じつは花をどう見せるかは、その後ろに何があるかで大きく変わるのだと思います。花色、葉色、枝の線、光の当たり方。そうしたものが重なって、はじめて風景の印象が決まる。この庭の樹木は、ただそこに立っているのではなく、ほかの植物の美しさまで計算に入れたうえで、景色の後ろ側を支えてくれているのだと感じます。

そしてもうひとつ、私がこの庭でありがたいと思っているのは、木々が庭の外の景色をやわらかく隠してくれることです。ここは両側を道路に挟まれた場所で、一方は車通りが多く、もう一方は民家が並ぶ生活道路です。小道の先には駐車場もあり、少し視線が抜けるだけで、どうしても日常の生活感が目に入ってきます。けれど安酸さんは、その“見えてしまう先”をとても丁寧に扱ってくださいました。

庭の端に立つ木々や植栽は、目隠しのようにただ遮るのではなく、視線を自然に受け止めてくれます。向こう側にあるものを完全に断ち切るのではなく、木の幹や枝葉の重なりによって少しずつ遠ざけ、庭の空気の中に溶かしていくような感じです。コンビニの看板や行き交う車がまったく見えなくなるわけではないのに、庭の中に立つと不思議と気にならない。その感覚は、単に植物が多いからではなく、どこに何を置けば景色が落ち着くのかを、安酸さんがよく見極めておられるからだと思います。

私はこの働きを、庭の“フレーム”のようなものだと感じています。絵でも額縁があることで視線が定まり、ひとつの世界として見えてくるように、庭もまた、どこまでを景色として感じさせるかがとても大事なのだと思います。細長いこの庭が、実際の広さ以上に奥行きを持って感じられるのも、木々が空間の輪郭を整えてくれているからです。見せたい方向は開き、見せたくない方向はそっとやわらげる。その加減が絶妙で、だからこそ庭に入ると、周囲の現実から少し離れたような気持ちになれます。
こうして考えると、樹木は本当に多層的な存在です。花を咲かせて春を知らせ、木漏れ日をつくり、足元の草花を育て、バラを引き立て、外の景色を整える。そのどれかひとつだけでも庭にとって大切ですが、それらが同時に働いているからこそ、この場所には奥行きが生まれているのだと思います。

私がこの庭で心地よいと感じる理由も、きっとそこにあります。花がきれい、木が美しい、というだけではなく、それぞれが支え合いながら景色をつくっている。その重なりがあるから、庭がひとつの完成された風景として感じられるのだと思うのです。
