2023年に浜通りに誕生したF-REI(エフレイ=Fukushima Institute for Research, Education and Innovation/福島国際研究教育機構)。本部は浪江町にあります。「ロボット」「農林水産業」「エネルギー」「放射線科学・創薬医療、放射線の産業利用」「原子力災害に関するデータや知見の集積・発信」の5つの研究分野のもと、2029年度までの7年間で数百名の研究者ならびに支援職員を雇用する計画で、国内外から多様な人材が集まり始めています。
その支援職員のひとり、サイエンスコミュニケーターのアデラ・ハニ・ファイザ(Adela Hani Faiza)さんにお話をうかがいました。サイエンスコミュニケーターとはどんな仕事なのでしょうか。また、アデラさんは福島12市町村での日々をどのように過ごしているのでしょうか。
日本で感じた「誰かの役に立つ喜び」が今の仕事の礎に
アデラさんはインドネシアの出身。現地の大学で生物学を専攻し、卒業後は生物工学の研究支援に従事。その後インドの企業に転職し、論文編集者として英語で書かれた論文の改善を行い、国際誌に通用するよう、読みやすく整える仕事に携わりました。
論理構成の整理や文章の推敲、読み手への配慮など、研究成果を伝わる形に変換する仕事は、アデラさんにとって非常にやりがいあるものだったと言います。
「研究者として生きる道もありましたが、経験を重ねるうち、研究そのものではなく、研究成果を言葉にして伝えることに、より大きな魅力を感じるようになっていきました」

当時は新型コロナウイルスが世界的に猛威を振るっていた頃。リモートワークでも十分に対応できる仕事内容でしたが、寂しさを感じる場面もあり、徐々に「より多くの人とコミュニケーションを取りながら働ける環境で働きたい」と考えるようになります。しかし、インドネシアには自身の経験やスキルを十分に活かせる仕事はありませんでした。そこで、高校時代に学校で日本語を学んだ経験から日本でのキャリアアップを志し、2023年、出身大学の交換留学制度を活用して関西学院大学大学院に入学しました。
大学院では生物情報学を専攻し、介護関連のアルバイトをしながら学びを重ねたアデラさん。そこで得たのは、誰かの役に立っている実感だったそうです。伝えることの楽しさと、人と関わることの喜び。その2つが、F-REIでのアデラさんの今につながっています。
福島の現実を目にし、F-REIで働く意味がより明確に
大学院修了後も日本で働こうと考えていたアデラさん。就職活動をするなかで目にとまったのが、F-REIのサイエンスコミュニケーターの求人でした。
サイエンスコミュニケーターは、F-REIで展開される科学分野の研究内容を、よりわかりやすく人に、社会に伝える仕事です。それはまさに、アデラさんが人生でやりがいや楽しさを感じてきたことを活かせるポジションでした。
「論文編集の経験を活かせるし、人のために働く仕事でもあります。自分が求めるものにとても合っていると思い、迷わず応募しました」
F-REIに来る以前のアデラさんにとって、福島で起きた震災や原子力発電所の事故は「過去のニュースだった」と言います。当時アデラさんは高校生。ニュースで見聞きはしていましたが、その後の福島についてインドネシアで触れる機会はありませんでした。
しかし、F-REIに就職が決まり、2025年春に初めて浪江町に降り立ったとき、それまでのイメージとはまったく異なるまちの風景に驚いたと言います。人の少ないまち並みや進行中の工事から感じたのは、「復興はまだ終わっていない」という事実。外からでは見えなかった現在に触れたことで、この地で働く意味はより明確になっていきました。

