◆「パパと住みたい」…6歳少女の過酷な生い立ち
まず、飯森被告が玲奈さんを引き取ることになった経緯について紐解いていく。判決や書証などによると、玲奈さんは八尾市内で生まれた。玲奈さんが2歳のころから、母親・祖父B・曾祖母と、祖父Bの家で生活するようになった。
そして玲奈さんの生活が一変したのは、2004年のこと。
「玲奈の母親は住み込みで働くために、父親(筆者注:玲奈さんの祖父B)の家を出て行った」
当時、玲奈さんの母親は消費者金融から借金をしていた。飯森被告によると「借金取りから電話があったり、家を偵察されていた」というほどに切羽詰まっていたという。借金返済のため、母親は玲奈さんを残して夜の店に働きに出たようだ。
翌年には、玲奈さんの母親代わりをしていた曾祖母が認知症に。Bだけでは玲奈さんの面倒を見きれなくなってしまった。
飯森被告によると、この頃からBは玲奈さんを「こいつ」と呼んだり、暴力を振るうことが目立ってきたという。これを見かねた飯森被告は、頻繁にBの家を訪れて玲奈さんの面倒を見るようになった。
すると次第に父親のいない玲奈さんは、飯森被告を慕って「パパ」と言って甘えだすようになり、そんな飯森被告に、子育てを渋っていたBは「玲奈の面倒をお前が見ろ」と指示したという。
飯森被告は当時、20代前半の若者で無職。子育てどころか結婚すらしたことがなかった。当の玲奈さんは、Bの家は劣悪な環境だったこともあってか、このように嘆願したという。
「おじいちゃんは嫌や。パパと住みたい」
◆「パパ、ママへ。大好きやで」…実の親ではない2人に対する感謝の手紙も

「昼間はテレビを見たり音楽を聞いたり、車で出かけたりもしました」
当時5歳だった玲奈さんは、幼稚園に通うことはなく、起床は正午ごろだという。起床後、食事などを済ませると、「ゲームセンターや公園に遊びに行ったりしていた」とのこと。さらに、飯森被告は玲奈さんの将来を考え、ドリルを買い与えて勉強を教えたり、しつけをすることもあった。
「友達できたら、こういうことをして、こんな悪いことをしたらあかんよと教えていました」
さらに、生前の玲奈さんとの思い出を尋ねられると、数秒考え込んでおもむろに話した。
「まず『パパ』と言ってくれたことと、釣りに行ったり、海に行ったりしたことですね」
そんな玲奈さんは、飯森被告から教えてもらった言葉を使いながら、実の親ではない二人だが、日ごろの感謝を手紙につづった。
「パパ、ママへ。大好きやで」

