◆愛情と苛立ちが交錯…わずか数ヶ月で崩れた日常
10月は玲奈さんの誕生月。飯森被告はケーキを購入して、誕生日を祝ったという。供述の限りでは、一般家庭と遜色ない生活に思えるが、次第に影が落ちはじめたようだ。引き取ってから2ヶ月も経たずして、飯森被告にはこんな感情になり始めたと、関西弁を交えながら言葉を紡いだ。
「愛情はあるんですけど、(玲奈さんが)いるのがしんどくなってきました」
当時6歳の玲奈さんは無邪気な年頃。「食事中に食べ物をこぼしたり、仏壇のお供え物を食べることもあった」といい、その度に飯森被告は注意するものの、玲奈さんの態度が気に食わなかった。
「怒っていることにすぐに『わかりました』と言ったり、『わかりません』と言ってきたり……」
苛立ちが募りはじめた飯森被告は、ついに「怒り」を抑えることができなくなった。
◆犯行日は曖昧だが…語られる「暴行の顛末」

しかし、判決では肝心な犯行日を「06年12月下旬から翌07年1月上旬ころの昼間」と、具体的には特定されていなかった。飯森被告によると、玲奈さんとの記憶が「クリスマスイブにケーキを買って祝った以降のことを覚えていない」といい、犯行日が特定しきれなかったようである。
対して、玲奈さんが亡くなるまでの暴行の顛末は鮮明に覚えていた——。
犯行当日、午後1時ごろに飯森被告は目を覚ました。その時点では、既にAと玲奈さんは起床していたようだ。空腹だったのか、玲奈さんは仏壇のお供え物をつまみ食いしたという。起床した飯森被告にAは「玲奈が仏壇のお供え物を食べている」と報告した。
報告を受けた後、飯森被告は仏壇の前で玲奈さんに問い詰め、「このクソガキ」と激しく怒鳴りつけた。同居前に、Bが玲奈さんを「こいつ」と呼ぶ姿に嫌気がさしていた飯森被告。その記憶が蘇る間もなくヒートアップしていく。直後、玲奈さんの手を取って隣の部屋に移動すると暴行を加えた。
「平手で顔を3、4回以上叩きました」

