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僕青・青木宙帆、「私はもう要らない」と悩んだ日々に訪れた転機

僕青・青木宙帆、「私はもう要らない」と悩んだ日々に訪れた転機

◆運動ができないもどかしさを埋めてくれた存在

アイドルに深くハマったのは、中学時代にサッカーで怪我をした時だった。運動ができないもどかしい時間をアイドルが埋めてくれた。推しは日向坂46の影山優佳。頭脳明晰で特技のサッカーを生かして独自のアイドル像を切り開く姿に憧れた。

僕が見たかった青空
高校時代にいくつかの芸能オーディションに挑戦したが不合格。高校を卒業して福岡の大学に進学したことを機に、アイドルになることは諦めていた。しかし、大学2年生の頃、高校時代に海辺で夜空を見ながら将来を語り合っていた親友が、「本当にいいの? これならまだ間に合うんじゃない」と勧めてくれたのが僕青のオーディションだった。

合格後、東京でデビューに向けてレッスンに励むなか、大学生活とアイドルの両立は難しいと中退を決断。両親には「大学に行かせてもらったことは絶対に無駄にしない」と説得した。

アイドルになってからの3年を振り返ると、苦しいことのほうが多かった。オーディションでこそダンス審査はなかったが、セカンドシングル以降は雲組に。初期の雲組単独公演で披露することになった乃木坂46の『制服のマネキン』で一人だけ外されたときにはレッスン場の隅に座って、タオルで顔を覆いながら声を押し殺して泣いていた。

◆サッカーで痛めた足の怪我、周りに追いつけない歯がゆさ

「このグループに私はもう要らないんだな」

その思いが頭から離れなかった。メンタルがやられて、号泣して帰った。何のためにここにいるのか、わからなくなった。

僕が見たかった青空
「今まであまり言ってこなかったんですけど、サッカーで痛めた足の怪我は完治していなくて、今もリハビリしながら活動していて。当時もテーピングでガチガチに固めながらレッスンをやっていたんですが、周りに追いつけない歯がゆさも悔しさもありました」

転機は突然訪れた。2024年、ジェフユナイテッド千葉の応援番組MCに抜擢された。サッカーという特技で、僕青を世間に知ってもらえる。そう思ったとき、ようやく自分の存在意義を見つけた気がした。

「少しでも僕青の名前を出せる仕事がもらえた時に、もっと頑張ろう、こういう風に頑張ればいいんだなって思えた。最近はXで投稿したボールを使ったパフォーマンス動画をファンの方や関係者の方に褒めてもらえて嬉しかったです」

僕が見たかった青空
そんななかで、8枚目シングルはデビューシングル以来のメンバー全員選抜。驚きや複雑な気持ちもあった。それと同時に、「昨シングルは今まで最小人数の雲組で活動してきて、今までにない役割を少しずつ担わせていただいてから、ちょっとだけ欲が芽生えるようになった」と心境の変化を感じていた。


配信元: 日刊SPA!

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