◆イヤホン越しに女から指示されている?
問い詰めると、男は「……てめえが、ちんたら、走ってるからだろ」と、まるで台本を読んでいるような棒読みで返してきた。助手席を覗き込むと、ツートンカラーの髪の女がスマホを耳に当てたまま、芳賀さんを睨みつけていた。「女が何かを喋ると、数秒遅れて男が話し出す。男の耳にワイヤレスイヤホンがあることに気付き、指示を受けているんだと確信しました。男は『……め、迷惑……料……だ……』と、溺れているような震え声で口にしました」
恐喝まがいの意図を察したその瞬間、助手席のドアが勢いよく開き、女の怒号が山道に響き渡った。「『迷惑料を払えって言えっつってんだろ! 言われた通りやれよ!』。その声を聞いた瞬間、男がビクゥッ! と背筋を震わせた。ものすごい怯え方でした」
◆本当に煽られていたのは?
芳賀さんが「ふざけるな! 警察を呼ぶぞ!」と一喝すると、真っ先に男が反応した。「すみませんでした!」と直角に腰を折って絶叫し、そのまま脱兎のごとく運転席へ転げ込んでいった。女の「なんで言う通りできねえんだよ!」という叫び声と、タイヤのスリップ音を残してミニバンは走り去った。
「結局、あの夜一番『煽られて』いたのは、必死にハンドルを握っていたあの男だったんだなと。去りゆくブレーキランプを見ながら、なんだか急に哀れに思えてきて、怒るのも馬鹿らしくなりました」
物静かな深夜の山道で、芳賀さんは一人苦笑いを浮かべるしかなかった。
<TEXT/和泉太郎>
【和泉太郎】
込み入った話や怖い体験談を収集しているサラリーマンライター。趣味はドキュメンタリー番組を観ることと仏像フィギュア集め

