◆「もう少し」という言葉が虚しく響く
渋滞は動かなかった。娘は我慢しているが、体をもぞもぞさせ始め、「あとどれくらい?」と聞く回数がさらに増えていった。そのたびに「もう少し、もう少し」と返す自分の声が、どんどん空虚に聞こえてくる感覚があったと坂口さんは語る。前の車のブレーキランプだけが、ぼんやりと赤く光っていた。
やがて娘は黙り込み、シートの上で体を小さく丸めるような姿勢になった。「その様子を見て、もう限界が近いと直感的にわかりました」と坂口さんは言う。
◆ついに限界「もうむりかも」

そして、ついに娘が「もうむりかも」と言った。顔を見ると、今にも泣きそうだった。
坂口さんは覚悟を決めた。
夫には、少しだけ車列が動いたタイミングを見計らい、ハザードランプを出して路肩に寄せられるスペースを見つけ、そこに車を止めてもらった。
「完全に安全とは言えない場所でしたが、もうそれ以外の選択肢はありませんでした」と坂口さんは言う。
急いで“対応”し、なんとか乗り切った……。
(※)高速道路上での路肩停止や車外での用足しは、後続車との接触など重大事故を招きかねません。路肩は本来、故障や事故など緊急時のためのスペースです。トイレはSA・PAなどで済ませるように心がけてください。
車に戻ってからは、しばらく誰も話さなかった。ただ静かに前を見ていた。あの沈黙には、安堵と疲弊と、少しの気まずさが混ざり合っていたのかもしれない。
「それ以来、長距離移動のときは、必ず早めに休憩を取るようになりました」
ゴールデンウィークの交通渋滞は、ほぼ避けられない。そのなかで子どもがトイレの限界を迎えたとき、親は「もう少し」という言葉の無力さを思い知ることになる。あのゴールデンウィークの帰り道は、坂口さんにとって忘れられない思い出になった。
<構成/藤山ムツキ>
【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo

