
親がどう働き、家族とどう接してきたか。その記憶は、良くも悪くも子どもの「働き方」や「家族観」に大きな影響を与えるものです。母親との結婚を機に富裕層になった父親。労働の必要がなくなったことから、息子には「働く背中」をみせたことがありません。そんな背中をみて育った息子が選んだ生き方とは? 今回は、FPの川淵ゆかりさんのもとへ寄せられたAさんの相談事例から、親の生き方が子におよぼす影響を考えます。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。
「働かない父」が恥ずかしかった少年時代
Aさんは、双子の兄として生まれました。実家は、母方の祖父がアパート経営のほか、土地をいくつも遺した資産家です。現在の価値に換算すれば4億円を下らない資産であり、その家賃収入や土地の賃料などだけで家族5人(Aさん・弟・父・母・祖母)の生活が十分に成り立つ環境にありました。
Aさんの父親は、婿養子でした。かつては海外で働いていたそうですが、結婚後すぐに双子のAさんたちが生まれると日本へ帰国。妻とともに祖父から引き継いだアパート経営や土地の管理を行うようになります。父親の生活の軸は、家事や子育てに置いていました。
そのため、Aさんにとって両親がいつも家にいる光景は、ごく当たり前のことでした。しかし、成長とともにその「当たり前」は深いコンプレックスへと変わります。
「Aくんのお父さんはなんの仕事をしているの?」小学校低学年のころ、クラスメイトにそう尋ねられても、Aさんは答えることができなかったことをよく覚えています。「アパート経営だよ」とでも答えられればよかったのですが、当時の彼には“父親が働いている”ようにはみえなかったのです。
さらに、同居しているAさんの母方の祖母がときどき零す「あんたたちのお父さんはいいねえ。仕事を辞めて毎日あんたたちと遊んでいるじゃないか」という皮肉。これも、Aさんに“父親はいつも遊んでいる”というイメージを植え付ける一因となりました。そんなとき、Aさんの母親はいつも「お父さんはいい人よ。優しいし、しっかりしていますよ」と夫をかばっていました。
またこのとき、Aさんは「父を立てる母の姿」こそが理想の夫婦像であると、無意識のうちに脳裏に焼き付けていったのです。
授業参観に一人だけ交じる「父親」への嫌悪感
Aさんの母親は、若いころから足が悪く、人目に触れるのを嫌っていました。そのため、入学式や卒業式、運動会といった学校行事に出席するのは、常に父親。Aさんが特に嫌だったのは、授業参観日です。ほかの生徒は母親が来るなか、父親が一人交ざっている光景。家に帰って母親に「なんで来てくれなかったんだよ!」と喚き散らしたことも一度や二度ではありません。働かない父親を恥ずかしく思い、次第に軽蔑するようになっていきました。
一方の、双子の弟は父親と仲良くしていました。しかしAさんは「自分の家は特殊なのではないか?」という違和感を拭えずにいました。教育熱心な父親に対しても、“遊んでるくせに、口だけは出すオヤジ”と毛嫌いするように。その反発心から、高校生のころは一時不良グループと付き合って停学寸前にまでなったこともあります。
そんな彼を瀬戸際で救ったのは、両親や祖母の言葉ではなく、事情を知る幼馴染の親友の存在でした。おかげで落ちるところまで落ちることはなく、その際「俺は、父のようには絶対にならない。自分の力だけで稼いで生きていく」と決意したそうです。
「父のようにはなりたくない」
父親への嫌悪感から逃れるように、Aさんは大学入学とともに上京しました。卒業後はそのまま都内で就職・結婚し、家庭を持ちます。
「父のように“家の金で生きる男”にはなりたくない」。その一心でした。Aさんは「実家が裕福=自分は努力していないと思われる」という強いコンプレックスを抱えており、その反動で「働くこと」に過度な価値を置くようになりました。さらに、Aさんにとって家事や育児をすることは「稼げない男の敗北」の象徴であり、だからこそ、自分は絶対に台所には立たないと決めていたのです。
授かった一人息子には「自分が働く姿をしっかりみせておきたい」という思いが、Aさんを必要以上に働かせました。残業や付き合いで平日は遅くなり、休日も仕事やゴルフで家庭は妻に任せきり。50歳になり、順調に出世コースに乗っていたAさんでしたが、家庭内では、些細なことからよく夫婦喧嘩をするようになっていました。
ある夜、酔って帰宅したAさんは、夜食を用意する妻や高校生の息子の態度に大声で説教を始めました。すると、息子は母親をかばって立ち上がります。
「母さんはパートで一日中立ちっぱなしで仕事してるんだよ。父さんはデスクワークで部下に仕事させてそのあと飲んで帰ってきて、皿一つ洗わないでなに偉そうなこといってるんだよ!」
Aさんも酔った勢いで応戦しました。「そんな安い時給のパート仕事なんか辞めてしまえ! どうせ大した仕事じゃないんだろう」。Aさんにとって、仕事とは「家族を養うための高額な対価」であり、実家に潤沢な資産があり、自分の給与も高い以上、妻の低賃金労働には価値を見いだせなかったのです。妻はオロオロと2人のやりとりをみていましたが、妻の心に、この夫の言葉が深く突き刺さったことをAさんは気づきもしませんでした。
Aさんは息子と喧嘩するたびに不満を募らせました。
「俺の母さんは、稼ぎのない父さんをいつも立派だと立てて、かばっていた。なのに、なぜ十分な金を稼いでいる俺に対し、この嫁は母さんのように尽くしてくれないんだろう。なぜ感謝してくれないんだろう」
Aさんは、母が父をかばっていたのは「父がそこにいてくれたから」だということに、思い至ることはありませんでした。
