◆Netflixの新番組が制作中止

その冒頭で発せられた「心が追いつかない」という言葉。体調は回復したけれども、以前のようにメディアで活動していくための気持ちが整っていないというのです。冗談混じりで撮影スタッフの笑い声も聞こえたものの、そこには真に迫ったトーンがありました。
なぜマツコはこんなにも消耗してしまったのでしょうか?
◆テレビに出すぎた“代償”
2010年以降、テレビはマツコのものでした。『マツコの知らない世界』(TBS系)でスイーツなどの食べ物を評論したり、『月曜から夜ふかし』(日テレ系)や『アウト×デラックス』(フジテレビ系)では、際どいキャラクターの人たちに絶妙なトーンでツッコミを入れる。さらに、『マツコ&有吉かりそめ天国』(テレビ朝日系)では、同じく芸能界の頂点に君臨する有吉弘行と、一歩引いたトーンで人生観を展開していく。このように、毎日どこかのチャンネルにあわせればマツコ・デラックスがいて、必ず何か引っかかりのある言葉を聞くことができる。視聴者にとってわかりやすい句読点のように収めてくれる存在が、マツコ・デラックスだったのです。
ただし、その代償は大きかった。
テレビに出始めたころのマツコは、巨体の女装家という異彩を放つキャラクターでした。その立場から、人々が気づかない視点でユーモアを交えた毒舌で物事を斬ってきたのです。
けれども、それを繰り返していくうちに、独特の個性がみんなから期待される商品になってしまいました。かつては挑発的で人々の神経を逆撫でしてきた言葉が、いつの間にか“さすがマツコ!!”と消費されるようになったからです。
たとえば、色々な料理や食材について感想を求められると、一瞬怪訝そうな表情をしつつ反語的な表現で褒め称える。お米のCMなどでもやっていたやつですね。
すると、最初のうちは楽しんでいた視聴者も、マツコが「ふんっ」といった表情をした瞬間に、もう結論が見えるようになります。けれども、そのようにして感情を揺さぶられる快楽から逃れられない体質になっているのですね。
それは、絵本の終わりが分かっていながら、何度も読んでとおねだりする子どもと、それに応える親のようなもの。視聴者とマツコは、15年以上もの時間をかけて共依存の関係を構築してきたのです。

