◆何を言っても「深い」…たどり着いた“虚しさ”の正体とは?
その中で、いつしかマツコは世間を代表するスポークスマンのような立場に置かれてしまいました。何か事件や問題があると、こぞっておうかがいを立てる。そこで何か言えば、“深いわ〜”と賞賛される。分かりきったやり取りを重ねるうちに、マツコの存在意義が180度変わってしまったのです。もちろん、マツコ自身もそうした状況を面白がって、あえて道化を演じてきた部分もあるでしょう。しかし、そのからくりの構造が誰よりもクリアに見えている人間が、絶望的に虚しさを覚えるのも時間の問題だったのだと思います。
そこで、冒頭の「心が追いつかない」という言葉に戻ります。いまや空ペダルだと知りながら全力で自転車を漕ぐような書き割りの話芸を続ける価値があると思うでしょうか?
かつて、マツコはテレビで話すことを完全に仕事だと割り切っていると言っていました。しかしながら、そうした達観をもってしても克服できない状況が、まさにいまなのだとしたら──。
視聴者は、マツコ・デラックスという“毒”を摂取しつくすことで、ついには無効化してしまったのです。
文/石黒隆之
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。X: @TakayukiIshigu4

