◆資本主義のテーマは「利潤の獲得とその最大化」

しかし階級社会が成立して以降、威張っているのは必ずしも生産者ではない。
実際に汗水流して働く者より、作らせる者、管理する者、上から指示を出す者のほうが上位に立ち、より多くの富を得るという構図が生まれる。
そしてこの倒錯は、資本主義のもとでも基本的には変わっていない。今日でも、農業や漁業といった一次産業に従事する人々がいなくなれば、私たちは食べ物を手に入れることができず、生きていくこともできないだろう。
それにもかかわらず、一次産業に従事する人たちが日本で一番稼いでいるのかと言えば決してそうではない。
情報を仲介するとか、金融市場でお金を右から左へ動かしたりする職種のほうがむしろ高収入であることが多い。
なぜこうした逆転が起きるのか。
それは、生産そのものよりも「利潤の獲得とその最大化」が資本主義の目的として設定されているからである。
つまり、何を提供したかより、どれだけの利潤を得たか、どれだけそれを最大化したのかのほうに価値があるとするのが、資本主義社会の論理なのだ。
◆資本主義が素晴らしい仕組みに見えた高度経済成長期
もちろん労働者の立場からすれば、資本家から受け取る賃金こそが生活の基盤であり、働くことの直接的な目的となる。だから、たとえ自分たちが生み出した価値のすべてが賃金として支払われるわけではなく、その一部が雇用主の利潤となるのだとしても、受け取る対価が十分に生活を安定させ、将来への希望を抱かせるに足るものであるならば、労働者にとっても資本主義は必ずしも不幸な仕組みとは言えないだろう。
実際、日本の高度成長期はそうした時代だった。
戦後復興という経済の拡大局面とも重なり、若年人口も多く、作る人も買う人も増え続けた。そのおかげで企業はおおいに利益を伸ばしたが、労働者のほうも賃金の上昇という恩恵を十分受けたと言ってよい。
また当時は累進課税が今よりずっときつかったことが格差拡大を抑えたこともあり、「一億総中流」と呼ばれる社会が形づくられた。
たとえば1970年代の最高税率は課税所得8000万円超で75%で、住民税を含めると90%に達した。ちなみに現在の最高税率は課税所得4000万円超で45%、住民税は課税所得の10%である。
あまり稼ぎすぎると税金でその大部分を取られるとはいえ、高度成長期は確かに「たくさん働けばたくさん稼げる」時代だった。だから労働者の収入は着実に増え、生活水準も上がっていったのだ。

