◆「嫌だ」と言えない恐怖
拒絶することへの恐れが、石井さんの言葉を封じた。「もし強い言葉で断れば、地元でどんな噂を流されるかわからない……。でも、ずっと楽しみにしていたゴールデンウィークがめちゃくちゃにされる……」
その板挟みの恐怖から、石井さんは「嫌だ」とも言えないまま、ひとまず通知を切って現実逃避を選んだ。
1時間ほどスマートフォンを放置していたが、逃げられるはずもなかった。重い腰を上げて再び画面を確認すると、「今、サービスエリアまで来た!」というメッセージと、楽しげな自撮り写真が届いていた。その場所は石井さんの家と地元のほぼ中間地点。
「止めるなら今しかない!と感じ、急いで電話をかけました」
◆渋滞が生んだ「車内崩壊」
しかし、何度かけ直しても電話は繋がらない。「もう終わりだ」。焦りがピークに達した頃、ようやく繋がった電話の向こうから聞こえてきたのは、挙動不審な友人の声だった。もごもごと口ごもり、今にも泣き出しそうな震える声で、友人はこう告げた。「今、引き返してるんだよね……」
詳しく話を聞くと、ゴールデンウィーク初日の猛烈な渋滞で、彼氏のイライラが爆発したのだという。車内の物へ当たり散らしたり、舌打ちを繰り返したりする彼氏に友人が耐えきれなくなり、車内で大喧嘩に発展。結局、険悪なムードのまま地元へ引き返すことになったというのが顛末だった。
「ゴールデンウィークの渋滞にこれほどまで感謝する日がくるなんて、思いもしませんでした」と石井さんは笑う。
最悪の始まりだったはずの朝が、思いがけない幸運で終わった。石井さんはその日、計画通り昼まで眠り、観たかったドラマを1日中楽しんだ。渋滞は多くの人にとって憂鬱の種である。しかし、このときは思いがけず、石井さんの平和な1日を守る盾になってくれたのだった。
<構成/藤山ムツキ>
【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo

