◆玲奈さんの写真は「渡されへん」

飯森被告は、一度も玲奈さんが亡くなっていることを伝えたことがなかった。
「父親(玲奈さんの祖父B)と僕と○○(交際相手A)と3人で内緒にしておこうと約束したので……。父親が会わせるなとも言っていたので」
玲奈さんが死亡する2か月前にも、飯森被告は会っていた。
「(玲奈さんの母親は)毎年、誕生日プレゼントを買ってきて渡してくるので」
「玲奈に会いたい」と飯森被告は懇願されたというが、「会わされへん」と言って断っていた。
「会えないなら写真だけでも」とお願いされたこともあったが、飯森被告は「渡されへん」と断った。
玲奈さんの母親は、この時点で違和感を察したのだろうか。飯森被告によると、それ以上追及してくることもなかったという。最後まで玲奈さんの母親には、実子の命が絶たれてしまった事実を伝えられることはなかった。
◆祖父の影響か、責任転嫁か…供述に残る闇
一方で飯森被告は、死体遺棄事件については不起訴になった「Bの指示によるものだ」と繰り返し供述している。この裁判で、Bの証人尋問は行われておらず、真相は定かでない。事件当時、「出頭しようと思う」とBに表明していた飯森被告。しかし、さらなるBの遺体処理の指示を断ることはできなかったのか——。その背景には「ネグレクト」が影響しているのかもしれない。飯森被告は明かす。
「母と僕を全裸でベランダに出すと、父親から水をかけられたりしたことがあります」
さらにBも「暴力的な人物だ」と、やや諦めたような口調で若い頃の記憶を振り返る。
「父親も短気な人で怒りのコントロールができないので、手の出し合いになることもありました」

