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【体験談】毒親でも介護しなくちゃいけないの?倒れた母との週末介護9年の葛藤

【体験談】毒親でも介護しなくちゃいけないの?倒れた母との週末介護9年の葛藤

悲劇は続き…今度は腰椎を骨折

しかし数週間後、母は自宅で転倒し、こんどは腰椎を骨折。手術は不要でしたが、約1カ月の安静が必要になりました。

この頃から耳も遠くなり、会話がかみ合わないことが増え、認知症の症状も見られるようになりました。

すると弟が言い出しました。
「息子が受験を控えているし、妻も働いている。自分も出張が多いから、毎日の面倒は見られない」

介護認定は要介護2。ヘルパーの利用は可能でしたが、当時の母は他人を家に入れることを強く拒んでいました。

「平日の夜は様子を見に行くけど、土日はねえちゃんが来てくれると助かる」

そう言われ、義妹は実質的に介護から距離を置いたのだと感じました。

子どもたちが小さい頃、母は弟一家の育児をよく手伝っていたはずなのに……。そんな思いもよぎりました。

一方、私は出産後もほとんど母に頼ることはなく、そもそも関係自体が良好ではありませんでした。

母は、自分の果たせなかった夢を私に押しつけてきた人です。

子どもの頃から勉強を強いられ、友人関係にも口出しされた。高校時代、好きだった男子と帰っていたときも、母が待ち伏せして「うちの子を騙そうとしないで」と怒鳴りつけたこともありました。

そんな経験から、大学はあえて遠方へ進学。就職も東京で、帰省はほとんどしませんでした。

結婚の際に夫を初めて紹介したときも、母は開口一番「年収はどのくらいなの?」と聞いたのです。

だから私は、母とは距離を置いて生きてきました。

弟の大腸がんも発覚。自分ががんばるしかない状況に

Peak River / PIXTA

本来であれば「介護施設に入れる」という選択を提案するつもりでした。

しかし、そのタイミングで弟から電話がありました。
「検査結果が出た。俺、初期の大腸がんだった」
ここしばらく体調がすぐれなかったという弟。初期とはいえ、がんの手術が必要とのことでした。

母はまだリハビリ病院に入院中。まずは2人の治療を優先し、その後を考えよう……そう話し合いました。

ところが3か月ほどで、母は退院せざるを得なくなります。受け入れ先の病院も見つからず、何より母本人が「家に帰りたい」と強く望んだのです。リハビリにも懸命に取り組んでいたようでした。

仕事復帰した弟も「とにかく家に連れて帰りたい」と言い出します。

「助けてほしい」
そう言って頭を下げる弟の姿は、それまでとは違っていました。
どんな関係であれ、母は母。愛着はなくても、無関係ではいられないのです。

私は「わかった。できる限りのことはする」と答えました。そうするしかなかったのです。

こうして私は、平日は会社員として働き、週末は実家へ通う生活を始めることになりました。

そのときはまだ、これほど長く続くとは思っていませんでした。母への複雑な感情を抱えたまま、終わりの見えない週末介護が始まったのです。

配信元: HALMEK up

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