
なぜ、寿司は海外で魔改造されてしまうのか。寿司のグローバル化の研究をしている、中部大学人文学部メディア情報社会学科の王昊凡氏に話を聞いた。
◆魔改造をはじめたのは「アメリカにいた日本人の寿司職人」

王氏(以下、同):アメリカで寿司が流行りはじめてきた、1970年代からです。
ただ、当時の寿司職人はいまのような「寿司は誇るべき日本文化だ」という認識はうすく、「こういうものを作って欲しい」とお客さんからリクエストがあったものを、素直に作っていました。「ちゃんとしたものを握ろう」という意識はなかった。
実は一番はじめに、魔改造の筆頭とされるカリフォルニアロールなどの「ロール寿司」を作ったのは、日本人です。
——外国人ではないのですね。
もちろんそれを広げていったのは、移民や現地の人たちでした。ただ、現地の味覚へ適応させるために、どうしても手を加える必要があったんです。
もうひとつ大きな理由は、食材の制約です。海外では日本で寿司に使われている鮮魚が手に入らないし、手に入ったとしても種類が少ない。寿司は生で食べるものだし、魚の種類でメニューが決まる。チャーハンのように、現地にある食材を入れて作るわけにいきません。
だから、たとえばサーモンしか手に入らないけど、メニューは増やさなきゃいけない。そうすると、ロール寿司にしてメニューを増やすことになるんです。 新鮮なサーモンが手に入りにくいから炙りマヨサーモンにしたり、マグロのレインボーロールが生まれたり。生魚を使わない、フォアグラの握り寿司や、あさりの甘辛煮などもあります。
このように、1980年代から1990年代にかけて、どんどん魔改造が進んでいきました。
——今は冷凍や流通の技術が発達して、鮮魚が手に入りやすくなったのではないですか?
手に入ったとしても、まずは職人のスキルの問題があります。海外の寿司職人は、だいたい田舎の中学を出て、1年くらい寿司屋で修行を積んで、そのあと自分の店を持つことが多い。日本のように長い修業を積んだ職人ばかりではないので、見慣れない魚が入ってきても寿司ネタとしてさばくことができないんです。
あと、流通のルートも安定していない。東京には豊洲市場があるから安定して魚を仕入れることができますが、海外には同じようなシステムはありません。
ただ、技術が発達したことによって、変化は起きています。香港では昔は全て日本から鮮魚を輸入していたのが、今では遠い他の国からも仕入れることができるようになりました。
◆「客が名付けることも多い」白い恋人ロール、藤原紀香ロールetc.

まずは、マンゴーサーモンロール。マンゴーとアボカドサーモンのロールに、さらにサーモンとマンゴーの薄切りを巻きつけ、トビコと軽くマヨネーズをかけたものになります。本来はつけるべきでない醤油をつけてしまったせいか、味は微妙でした……。
あと、金華ハム・とんかつロール。とんかつを巻いた上に金華ハムを乗せたもので、これはおいしかったですね。
さらに、カニカマを包んで上に天かすをのせたもの。脂っこくてイマイチでしたが、プリンセスロールと呼ばれています。

藤原紀香ロール、NARUTOロール、白い恋人ロールなど、色んな名前がつけられています。ちなみに白い恋人ロールを辛くしたものは、赤い恋人ロール。女優の蒼井そらさんにちなんでつけられた、蒼井先生ロールもあります。これはサーモンとチーズとアボカドが入っています。
海外の寿司屋は高級なイメージだと入りにくいから、親しみやすさを出すために、こういった名前をつけているんです。寿司屋に行くのは、日本文化に興味のある人たちなので。
あと、寿司職人って、十年前までは日本文化にそんなに興味がない人たちがやっていたから、お客さんに名前をつけてもらうことが多かったみたいです。
——日本文化に興味がない人が寿司屋をやるのですか?
海外の寿司屋って、めちゃくちゃお給料が高いんです。だから「一発当てたい」というモチベーションで田舎から来た子が働きます。今では「ビザが出やすいから」という理由で、海外に行きたくて寿司を学ぶ若者も世界各国にいますね。
ただ、寿司屋が増えてきたから、他と差別化を図らなきゃいけない。そこで様々なロール寿司がうまれます。魔改造の歴史は、営業努力の歴史でもあるんです。

