◆「憲法9条」朗読音源に波紋

ところが、「小泉今日子ではなくキョンキョンが観たかった」と言う批判の声があるのだそう。つまり、エンターテインメントとファンサービスに徹する、“プロのキョンキョン”が観たかったというわけです。
確かに、こうした意見にも一理あるのでしょう。ひとまず嫌な現実から離れるためにお金を払っているのだから、昔のヒット曲でノスタルジーに浸らせてほしい、と。こうした消費者心理にもうなずける点はあります。
けれども、小泉今日子は文筆家や書評家としても名を馳せる存在であり、また政治や社会問題についても鋭い視点を持っていることで知られています。たとえ懐かしのヒット曲を歌うコンサートであっても、いまの時点でそれを歌う小泉今日子という人物は、そうした社会的な視点とセットにならざるを得ません。そして、それはすでに世の中に広く知れ渡っている彼女の一面です。
◆客としての「正当なクレーム」に隠された本音
「小泉今日子ではなくキョンキョンが観たかった」という意見に疑問点があるとすれば、そうした要素を見て見ぬふりをして、素朴を装っていることなのだと思います。つまり、本当は憲法9条を支持する小泉今日子に反論をしたいのだけれども、そうやって正面からケンカをするよりは、“エンタメに集中させてくれ”という客としての正当なクレームをしている方が気楽で安全なのですね。客としての当然の権利を主張するフリをする裏には、憲法9条を流す行為が不当だという意図が隠されているのです。
もちろん、憲法9条に対して賛成、反対、様々な考えが存在します。それも小泉今日子は承知の上で、自らの立場を表明した。それだけの話なのではないでしょうか。彼女がそのようなイントロを加えたからといって、「木枯らしに抱かれて」や「あなたに会えてよかった」の価値が下がるわけではないし、過去の思い出が壊れるわけでもありません。
それはそれ、これはこれ、というだけの話なのです。

