「売れてる芸人と飲むときは財布は出さない。カネがないから」松本人志から高い評価を受けつつも、地下ライブで「だせえ」と陰口を叩かれ、出待ちゼロの“通過点”扱い──そんな“華のない”3人が、今春からは5大都市を駆け巡るツアーの主役だ。遅咲きコントトリオ・や団の20年弱の鬱屈と爆発、その舞台裏に迫る。

◆3人でいると、青春が終わらない
コント日本一を決める『キングオブコント』で4年連続決勝に進出し、東京代表をするコント師である、や団。結成して20年弱、長年ネクストブレイクと言われ続けたが、’25年の同大会では準優勝。メディア露出の激増、そしてこの春から夏にかけて5大都市ツアーの開催が決定するなど、“遅咲きの本格ブレイク”が現実味を帯びるなかで今回、彼らを直撃した。だが当の本人たちは、その状況をどこか冷静に受け止めていて……。──今、じわじわと売れてきている実感はありますか?
本間キッド(以下、本間):そこまで変わった感覚はないですね。昔から華はなかったし、腰も低くて有名でした。地下ライブに出てる芸人たちからもずっと、「や団はだせえ」って悪口を言われてました。
ロングサイズ伊藤(以下、伊藤):ウエストランドの井口がいつも言ってたね。人気芸人はライブ終わりにファンがたくさん出待しているんですけど、僕たちとトム・ブラウンはない。
本間:毎回来てくれるお客さんはいるんですよ。でも、みんなおとなしいから遠くからこっちを見てるだけ。僕らから「今日はありがとうございました!」って駆け寄ってたからね。
中嶋享(以下、中嶋):お客さんがビビってました。出待ちじゃなくて、“お見送り”に。
本間:芸人がたくさん出る地方営業に行くと、最後にハイタッチ会があるんですけど、僕たちの前はみんなダッシュで通り過ぎようとする。
伊藤:(※1)やす子みたいな人気者はお客さんが立ち止まって話したがるんです。だから主催者は僕たちを手前に置いて、や団の前を走る勢いでそのままやす子を通過させようとする。これは「や団ブースト」と呼ばれ重宝されてましたね(笑)。まぁ、売れるまで時間がかかったし、ずっと貧乏だったよね。
◆大人になりきれなくて、貧乏も「3等分」
本間:お金がないと、普通の大人が知っていることがまったくわからないんですよ。社会人になったら政治や税金、年金に詳しくなるんだと思っていたけど、バイト代の12万、13万でずっと生きてきたから、世の中のことは何も知らないんです。中嶋:周りの芸人もそんな人ばっかりで、気にはならなかったけどなあ~。
伊藤:そもそも金欠を乗り越えられたのは“中嶋ファイナンス”があったから。僕たちはずっと中嶋にカネを借りてたんです。
中嶋:僕だけ実家で食事には困りませんから、財布にお札があったら貸してましたね。
伊藤:そのカネでコンビニでタバコとペヤングの大盛り、あとはチョコチップスティックを買って給料日まで我慢。給料日が週末だと月曜振り込みになるのが腹立つんだよね。最終的に50万円くらい借りてたから。中嶋が必死に貯めたお金で遊んでただけだけど……。返すの大変だった。
中嶋:持ってるお金は貸してしまったから、当時のぜいたくは週に一度、AVを5本借りること。男子校出身だからか女教師ものが好きで、5本を1週間かけて見てましたね。僕は2人と違って物欲がないんですよ。性欲と食欲と睡眠欲しかない。
本間:それは全部だな(笑)。

伊藤:結成2年目で準決勝に行ってるから、事務所でもずっとネクストブレイク候補って扱いでしたけど、そこからが長かったですね。’20年の『キングオブコント』前に、『ガキ使』の「山-1グランプリ」で優勝して、松本さんからも褒めてもらったのに、その年も準々決勝で落ちたし。「決勝に行けない人たち」って残念な目で見られてました。
本間:賞レースで優勝した人は(※2)事務所ライブから卒業していくもんなんですが、同じ事務所のバイきんぐさんの次は僕たちだと思ってたけどな。なかなか決勝に行けず、他のコンビが先に決勝に行ったりして、それが次第に焦りに変わっていきました。『キングオブコント』は決勝しかテレビでやらないから、いくら準決まで行っても爪痕を残せない。
伊藤:「僕たちは賞レース向きじゃないのかな」って思いました。あのダウンタウンが認めてくれたのに、決勝に行けないんですよ。それでも辞めなかったのは、他にやることがなかったから。同じ事務所のM-1王者・錦鯉の長谷川さんが50歳で優勝したのも心のどこかにあったでしょうね。今更人生を引き返せないし、まだ大丈夫かなって。
本間:だからといって打開策があるわけじゃない。次の賞レースに向けてネタを作って、ライブに出て、バイトに行く生活を続けるしかなかったんです。バイト先で芸人仲間と「こんなネタを作った」って盛り上がるのは楽しかったですね。
――’22年の決勝では、なみいる売れっ子を抑えて3位でした。
本間:この年やった(※3)「バーベキュー」というネタは、’19年からずっとやっていたものです。このネタは最初に間違えて友達を殺してしまうという設定を思いついたんですが、コントだし本当に殺すわけないよな、じゃあどうする?って書き進めました。(バイきんぐの)小峠さんからは「このセリフ量が(※4)や団の黄金比」と褒めてもらいました。この比率は今も僕たちのコントの原型になってますね。
伊藤:同じネタをずっとやってきたから、各々が自分たちのストロングポイントもわかるようになってたんだろうね。キャラに深みが出せるようになった。
中嶋:僕は肩の力が抜けたのが良かったのかなって思います。それまで野球で言う速球をずっと投げようとしてたんですが、速い球を投げるのは相方、自分は変化球って役割を意識しました。頑張らないほうが異常者らしさを出せる。今はチェンジアップしか投げてない。
本間:この年に決勝に行ったことで、最低限の人生が変わったよね。バイトも辞められたし。
中嶋:でも、大ブレイクしたわけでもないからギリギリだよね。
本間:そうだね。だから売れてる芸人と飲んだら財布は出さなかった。カネがないってわかってるから目をつぶってくれる。
伊藤:それが3位の対価だとしたら寂しすぎるだろ(笑)。
本間:決勝に行くまでは、誰かがテレビのオーディションに受かったって聞くたびに全部嫉妬していました。でも、それになんの意味もないと思って、僕は『キングオブコント』で人生を変えるんだって意識を集中した。僕らのコントって設定は普通だし、飛び道具みたいなネタもない。だからこそ、蓄積してきたもので世に出られたことは自信になった。そこからは単独ライブも完売したりと道がどんどん開けていった気がしたし、やっぱり人生は変わったんだよ。
――最近は本間さんのプロレス仕事や、中嶋さんのラーメン仕事など、それぞれの活動も広がってますよね。ただ、その一方で、3人でいると男子校ノリというか、いい意味でずっと子どもっぽさもあるというか……。

