
「相続税はもはや一部の超富裕層だけの問題ではない」――。国税庁によれば、相続税が課税される人は年々増加し、日本は“相続大衆課税時代”へ入りつつある。その一方で、アメリカでは信託、寄付、婚前契約などを活用した柔軟な資産防衛が根づき、富裕層の資産は国境を越えて移動している。なぜ日本の富裕層は海外へ向かうのか。グリーンカード、信託、国際教育――次世代へ資産を残すために何が起きているのか。トランプ政権下のアメリカと、重税化が進む日本。4月末に『トランプ劇場と超富裕層課税』を刊行した奥村眞吾税理士にインタビューし、日米の2つの国の税制を比較しながら、「資産を守る」という視点から日本の未来について考察してもらった。
日本の富裕層はなぜ米国へ向かうのか
――日本の富裕層が米国へ資産を移転させる動きは増えているのでしょうか。
奥村眞吾氏 「長年、富裕層の税務に携わってきましたが、ここ十年ほどで特に増えたと感じるのが、40代・50代で会社を上場させた経営者たちが、積極的に子どもを米国へ留学させていることです。
ソフトバンクの孫正義氏、楽天グループの三木谷浩史氏、ファーストリテイリングの柳井正氏など、日本を代表する経営者の多くは若い頃に海外留学を経験しています。彼らは米国の文化や人脈を吸収し、その延長線上で『資産をどこで守るか』という発想を持つようになります。
わかりやすい例がメジャーリーガーです。引退後も米国とのつながりを維持するケースが多いですね。背景には、米国の永住権(グリーンカード)や税制上のメリットがあります。
日本では非居住者扱いとなれば、所得税が分離課税になるケースもあり、税負担の考え方そのものが大きく変わってきます。こうした流れは、スポーツ選手だけでなく、会社オーナーや上場企業経営者にも広がっています」
――米国へ資産が集まる背景にはどのような要因があるのでしょうか。
「非常に大きいのが、OECDのCRS(共通報告基準)の問題です。
現在、日本を含む多くの国では、海外金融口座の情報を各国当局が共有しています。しかし米国は例外的な立場にあり、米国国内の資産情報については、他国が十分に把握できない構造があります。
富裕層が米国へ莫大な資産を置いている背景にも、この制度が挙げられるでしょう。つまり米国は、税制面だけでなく、『資産を置きやすい国』として世界中の富を集めているのです。世界中から優秀な人材と資本が集まり、その資本をさらに税制優遇で囲い込む。これもアメリカンドリームの1つの側面だと思います」
「妬み社会」と日本の重税化
――日本の人々は税や資産形成について、米国の人々に比べて無防備なのでしょうか。
「私は『無防備』であり、同時に『無関心』だと感じています。
日本社会には、ある種の『妬み文化』があります。『あの人はお金持ちだから多く払って当然だ』『寄付するのは当たり前だ』『割り勘で多く出さないとケチだ」――。そうした空気が社会全体にあります。そのため、日本の富裕層は国内では非常に目立たないように振る舞います。海外では豪華に生活していても、日本では質素に見せるケースが多いのです。
一方、海外の富裕層は、慈善事業や寄付を通じて社会的地位を築いていく文化があります。日本は『富を表に出しにくい社会」』だと思います」
――日本では節税対策も厳しくなっているのでしょうか?
「かなり厳しくなっています。
相続税の最高税率は55%に達し、年々『抜け道』が塞がれている印象です。かつては有効だったアパート建設、生前贈与、賃貸マンション、小口化商品など、富裕層向け節税策の多くが規制強化されつつあります。以前は『土地を持っていれば節税できる』という発想がありましたが、現在はその余地もかなり小さくなっています。日本の富裕層の多くは、国内だけで資産防衛することに限界を感じ始めています。
『国内でどう節税するか』ではなく、『どこに資産を置くか』という発想へ変わりつつあるのです」
