万博で生まれ変わった「住みやすい長久手」
長久手のもう一つの特徴は、その都市の成り立ちにある。
2005年の愛知万博をきっかけに、長久手では大規模な区画整理と都市開発が進んだ。道路、公園、住宅地、商業施設が一体的に整備され、「最初から住みやすく設計された町」として生まれ変わった。
さらに、愛知県立大学をはじめとする大学や医療機関も集積し、教育・子育て環境が整っている。
つまり、長久手は偶然発展したのではなく、「働く家族を呼び込むこと」を明確に意図してつくられた都市なのだ。
この点は、歴史的に形成された京都や鎌倉のような土地とは決定的に異なるといってよいだろう。
従来の「高所得自治体」との明確な違い
長久手の構造は、これまでの高所得自治体とは明確に異なる。
・猿払村・安平町:特定産業による高所得者が平均を押し上げるモデル
・葉山・鎌倉:ブランド住宅地として高所得者が定住するモデル
・長久手:人口構造そのものが所得を生むモデル
特別な産業がなくても、「若さ」「共働き」「高賃金職種」の3条件が揃えば、町の平均所得は自然と高くなる。長久手はそれを体現しているのである。
右肩上がりだった平均所得も後退…“若い町”特有のリスクも
もっとも、このモデルは万能ではない。
2024年まで右肩上がりで伸びてきた平均所得(約531万円・全国23位)は、2025年には約484万円、35位へとやや後退した。依然として上位圏にはあるものの、住民の多くが依拠する企業業績の影響を受けやすい構造であることが、こうした変動からも読み取れる。
また、若いまちである以上、いずれ高齢化は進む。現在は子育て世代の流入によって人口構造が維持されているが、この世代がそのまま定住すれば持続する、という単純な構図ではない。
ライフステージの変化に伴う住み替えや、世帯所得のピークアウトといった要因により、構造は徐々に変質する可能性がある。
現在の高所得水準は「働き盛り世代の厚み」に依存したモデルであり、長久手はいま、成長人口モデルから成熟モデルへの移行局面に入りつつあると捉えるべきだろう。
「なにを売るか」ではなく「誰に住んでもらうか」
それでも、長久手が我々に教えてくれるメッセージは明確だ。地域が豊かになるために、必ずしも特産品や観光資源は必要ではない。重要なのは、「なにを売るか」ではなく「誰に住んでもらうか」だ。
長久手は、「若い」「働く」「子育てする」という層を継続的に呼び込み、町の所得水準を押し上げてきた。派手さはないが、構造は極めて合理的だ。
長久手は、日本の多くの自治体にとって現実的なヒントを提示している。人口戦略こそが最大の経済戦略であるという事実を、このまちは静かに証明しているのである。
鈴木 健二郎
株式会社テックコンシリエ 代表取締役
知財ビジネスプロデューサー
