※本記事は、ひろゆき著『人生の正体 生きること、死ぬこと』(徳間書店)より抜粋、編集したものです。

◆直接会うと、能力を見誤る
「大事な話だから、直接会って話しましょう」ビジネスの現場ではよくある提案だ。電話やメールといった間接的なやり取りより、膝を突き合わせて、顔を見て話したほうが互いの理解が深まる。そう考える人は多い。でも本当だろうか。僕はむしろ逆だと思っている。
直接会うと、視覚や聴覚を刺激する副次的な情報にさらされる。相手の声の大きさ、身なり、容姿。それらは価値判断の本質ではない。単なる印象だ。でも人はそうした印象に容易く取り込まれてしまう。
テキパキと話す人、身だしなみが整っている人、イケメンや美人の言うことに対しては肯定的になりがちだ。
かたや、口下手な人、風采の上がらない人の意見は、たとえ論理的に正しくても軽視してしまう傾向がある。
相手の一部の特徴に引きずられ、全体を歪めて判断する認知バイアスのことを心理学で「ハロー効果」という。
「感じがいい」「誠実そう」「信頼できそう」――視覚情報や聴覚情報にもとづくそんな印象は、相手の能力を測るうえで邪魔なノイズにすぎない。直接会うと、そのノイズが強烈な存在感を放つ。適正なジャッジを妨げるのである。
◆対面することで相手を判定できるの?
そもそも相手の能力を適正に判断するのは難しい作業だ。同じ人物が同じ話をしても、それを好意的に受け止める人もいれば、否定的にとらえる人もいる。判断する側の思想・ポリシー、趣味嗜好が絡むからだ。さらにはそのときの気分や機嫌という偶発性にも左右される。
ようするに僕らの判断は、視覚情報や聴覚情報といった副次的なノイズに影響されやすく、くわえて自分の主観や気まぐれによって場当たり的に下されがちなのである。
言うまでもなく、そうしたノイズは極力排除したほうがいい。だから大切な交渉であればあるほど、直接対面は避けるのが賢明だ。それよりもまずは相手の履歴や成果物といった客観的情報を把握すべきだろう。
対面するのはそのあとだ。そうした手順を踏めば余計な手間はかからないし、ミスマッチも避けられる。移り気な自分を過信してはいけない。

