◆工場勤めからの転職組も
同じ支部に、ずっと工場勤めだったと話す30代半ばの女性がいた。人見知りで、オフィスで働くのは生保が初めてだと言っていた。「わたしなんかが営業なんてできるのかな」と言いながらも、「でも変わりたくて」と笑っていた。入社後の彼女は、最初はとにかくぎこちなかった。売れる営業になるために上司に徹底的に指導を受け、激しい叱責を受けているところを何度も見た。その度に「向いてなさそうなのに入社しちゃってかわいそう」「きっとすぐ辞めちゃうだろうな……」と遠くから見ていた。
しかし意外にも、本人はケロッとしているのだ。気づけば化粧や身に着けるものに気を遣うようになり、明るくなり、人との距離の詰め方も変わっていった。入社直後の数ヶ月は上司が同行してくれるので、最初の契約は取りやすい。その「自分でも売れた」という体験が自信になる。「変わりたかった」と言っていた彼女のことを思うと、自らの変化が本人にとっての救いだったのかもしれない、とも思う。
◆誰にでもチャンスを与えるとはいえ…
救われるひともいれば、消耗するひともいる。前述の元工場勤めの女性のように、スカウトをきっかけに自分を変えることができた人は一定数いる。夫と同じくらいの年収を稼げるようになった主婦や、生保で自立できたシングルマザーもいた。一方で、ノルマに追い詰められ、知人への営業を繰り返した結果、人間関係をごっそり失った人もいた。精神的に限界を迎えて去っていった人も少なくなかった。救われるか消耗するかは、結局のところ運に近い。上司の質や環境、営業の適性、見込み顧客との出会い……入ってみるまでわからない要素ばかりだ。保険は本来、顧客のライフプランに寄り添う専門的な金融商品のはずだ。しかし、採用も営業も、その本質からは遠いところで回り続けている。生保業界の構造は「人材」を原材料にした大量生産・大量消費に近く、金融業ではなく別の産業を見ているようだ。
誰にでもチャンスを与える間口の広さは、キャリアの選択肢が少ない女性たちを救ってきた側面は否定できない。ただわたしには、「採用し、人間関係を資源として使い、消耗したら入れ替える」構造が、業界の当たり前として今日も続いていることに、いまだに引っかかりが残っている。
<TEXT/大崎アイ>
【大崎アイ】
関西出身、東京都在住の30代。営業畑を渡り歩いた末、2024年にフリーランスへ転身。旅と酒をこよなく愛する。フットワークの軽さがウリ。フリーランスの日常はnoteで気ままに綴ってます。Xアカウント: @aia___iiiii note:大崎アイ

