
実写映画『秒速5センチメートル』の劇伴が記憶に新しい音楽家・江﨑文武さんが、2作目のソロアルバム「Whispers of Silence」をリリースした。バンドWONKでの活動や、藤井風、King Gnuらのサポート、さらにはソロでの47都道府県ツアーなど刺激的な日々を送るなかで、今作では自身のルーツであるピアノに向き合ったという。美しい光が差し込む『YAECA HOME STORE』で、充実の制作について振り返ってもらった。
日々の生活のなかで、自然に聴いてもらえる音楽を。
──江﨑さんは、ここ『YAECA HOME STORE』の店内BGMの選曲を務めているそうですね。アンビエントやジャズ、ミニマルなフォークなど、江﨑さんの作品に似た静謐な心地よさを感じます。今作「Whispers of Silence」にも通ずる部分があるのでしょうか。
江﨑文武(以下江﨑) そうですね。自分自身、インテリアや生活そのものに関心を持つようになって、今作は暮らしのなかで“BGMとして機能する平易さ”を意識しました。ひとり、家で聴くための音楽と言いますか。気軽に聴いても気持ちよく、聴き込めば音楽的な構造の面白さにも気づいてもらえるように。そのバランスを何度も考えましたね。服で例えるなら、奇をてらったデザインではないんだけど、着心地が良くて何度も手に取ってしまう、カシミアのニットのような音楽というイメージ。
──全体を通して、どこか懐かしく、すっと心に沁みる楽曲ばかりでした。一部フィールドレコーディングの作品を除けば、すべてがソロピアノで。
江﨑 ポップスの現場や劇伴など、様々に経験させていただくなかで、ソロ作であればピアノにフォーカスしたいという思いがありました。年齢が30代に入ったのもあり、自分の通ってきた道を思い返したときに「やっぱりピアノだ」と。制作しながら自覚していった形です。
──全曲インストゥルメンタルとはいえ、4曲目の「Midnight Steps」や8曲目「Letters」などからは、歌心を感じられました。
江﨑 嬉しいです。以前から童謡・唱歌への憧れがあったので、それがにじみ出ていたかもしれません。明治期の音楽家たちが西洋の音楽理論と日本の伝統文化を融合させようとした跡が感じられて、敬意を抱いていました。今回はそうしたアプローチに加えて、特に前半の方は日本のリスナーが聴いても、海外のリスナーが聴いても違和感なく親しめる“ユニバーサル感”も大切にしました。
──なるほど。耳を惹く曲と、音の美しさに浸る曲とがストーリーを紡いでいて、アルバムを通して聴く楽しさを思い出します。
江﨑 19曲聴いたら、また1曲目から自然と聴きたくなる形にできたらいいなと思っていましたが、それ以上に、何曲目からスタートしても、どこで止めても、また続けてもいい⋯⋯、そんなループ感を意識しましたね。今作のようなインストゥルメンタル作品を広く届けるにはどうしたらいいんだろうと考えて、全体の構成を整えていきました。

制作環境がもたらした、美しい旋律。
──レコーディングは、多面体スピーカーを手がける〈listude〉が山梨・北杜に構える、音楽ホールで行われたそうですね。
江﨑 森に囲まれたロケーションで、3日間にわたって収録しました。15曲は事前に作曲して持ち込み、残りはフィールドレコーディングや現場で作曲したものなど、全19曲。ボリュームのある制作でした。
──どういった経緯でこうしたレコーディングを組むことになったのでしょうか。
江﨑 元々は別作品のレコーディングで、奈良を拠点としていた時代の〈listude〉を訪れたんです。その際に〈アトリエ・ピアノピア〉の調律師、小川瞳さんに出会い、ピアノ作品における理想的な音を捉えた感覚がありました。それが忘れがたくいたところに、〈listude〉が山梨でホールを作ったというタイミングも重なり、今作に繋がった形です。今回は小川さんが立ち会ってくれただけでなく、アンティークの楽器も持ち込んでくれて、ダルシトーンやオルガン、トイピアノに触れ、ますますインスピレーションが膨らみました。現場で即興的に「Unwind」と「Absence」の2曲を制作しましたが、名残り惜しくてもっと滞在していたくなるような経験でした。
──素晴らしいですね。楽曲からも、ひとつひとつの音が森の中に響いて溶け合うような、美しいイメージが湧きました。
江﨑 木々の間に立つホールは天高があって自然光がきれいに差し込み、さらにケータリングは『sun.days.food』が用意してくれました。東京でのレコーディングだとどうしても部屋に籠るので、スタジオが精神と時の部屋のようになってしまうのですが、北杜では日が昇って沈み、夜になるという一日の流れを感じながら、鳥のさえずりを聴き、ときに雨や雪を眺めて、おいしいものを食べて、本当に健やかに制作できました。いつか、こんな環境で一から制作ができたらいいですよね。


