◆通報者が抱えることになった「逆恨み」への恐怖
「地方から出てきたばかりの私たちにとって、この事務的な対応は“都会の洗礼”とも言える衝撃的な出来事でした。勝手に疑われ、謝罪もなく、淡々と処理され。正直、強い不信感を抱きました」同時に、新たな恐怖が芽生え始めた。警察も不動産屋も根本的な対策を講じてくれないのなら、もし通報者が自分だと隣人に知られた場合、逆恨みされるのではないか——。
女性にあれほどの暴力を振るう人間が、壁一枚を隔てた隣に住んでいる。その事実が、井上さんを絶え間ない不安に陥れた。
その後も隣室からは不定期に大きな物音や悲鳴が聞こえ、そのたびに井上さんは女性の身を案じて通報や相談を繰り返したが、状況は一向に改善されなかった。
「この環境は心身に大きなストレスとなりました。自宅にいても心が休まらず、精神的に限界を迎えて。なぜ、正当に通報しただけの私が、こんなに怯えて暮らさなければならないのでしょうか」
そう思い悩んだ末、夫と話し合い、転居することを決断した。
今でも、あの時の悲鳴と、警察や不動産屋の対応を思い出すと、なんとも言えない暗い気持ちになるという。
壁一枚を隔てた隣人の恐怖。警察や不動産屋すら頼れない集合住宅において、時に「正しい行動」は自らの身を危険に晒す諸刃の剣となる。私たちは隣人と、どう向き合えば正解なのだろうか……。
<構成・文/藤山ムツキ>
【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo

