◆■車内に響く“他人の私生活”を、どう聞き流すか
岡野さんが耳にした家族の悪口大会も、影山さんが目撃したエアドラムも、どちらも「ほんの数分」の出来事です。けれど、そのわずかな時間で、一日の気分が大きく左右されてしまう。それが、満員電車という閉ざされた空間の不思議なところでしょう。注意すれば角が立つ。我慢すればモヤモヤが残る。スマホを見つめても、イヤホンをしても、聞こえてくるものは聞こえてくる。多くの人が、岡野さんや影山さんと同じように、ただ駅に着くのを待つしかないのが現実です。
それでも、ほんの少しだけ視点を変えてみる。これまで取材してきた数々の仰天エピソードを振り返ってみると、登場人物にはどこか憎めない“変わった人”も少なくありません。もしかしたら、「あの3人組も、家では我慢ばかりしているのかもしれない」「あのおじさんも、今日のプレゼンに気合を入れるためにエアドラムが必要だったのかもしれない」――。そんな“勝手な想像”を当てはめてみると、ふつふつと湧いてきたイライラが、ちょっとしたクスクスに変わってくるかもしれません。
殺伐とした通勤電車のなかで、誰かに優しくなる必要はないのかもしれません。ただ、自分の心を少しだけ守るために、隣の人を“ちょっと変わった登場人物”として眺めてみる。そんなささやかな工夫が、明日の朝の数十分を、ほんの少しだけ軽くしてくれるかもしれません。

【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。

