パーキンソン病や臓器再生への期待が高まる一方で、「iPS細胞を使えば、人間を丸ごと再生できるのか」という誤解や、生命倫理をめぐる議論も絶えない。
なぜiPS細胞は“万能細胞”と呼ばれるのか。そして、ES細胞との決定的な違いとは何か。再生医療の第一人者・上田実氏が、その最前線と限界を解き明かす。

◆昔の再生医療、今とどう違う?

私たちの体は、約37兆個の細胞で形づくられ、生命が維持されています。これらの細胞は、大きく成熟細胞と幹細胞に分けることができます。
成熟細胞とは、皮膚を例にとると、外界からの刺激や病原体の侵入を防ぐバリアとして働くといった専門性を持っています。成熟細胞は、古くなると脱落しアカとして体の表面からはがれ落ちていきます。
そうすると、すぐさま皮膚の幹細胞は細胞分裂して新しい細胞を供給しますが、そのとき皮膚の幹細胞は皮膚にしかなりません。こうした幹細胞は組織幹細胞と呼ばれています。
組織幹細胞は皮膚なら皮膚、心筋(心臓を形づくる筋肉)なら心筋をひたすらつくり続けますが、いくつかの幹細胞はある程度の制約幅はあるものの、多くの細胞をつくり出すことができます。
例えば代表的な幹細胞である間葉系幹細胞は骨、神経、血管などの細胞に分化することができます。
従来、再生医療に利用されてきたのは、この間葉系幹細胞です。
一方、iPS細胞は、分化できる細胞に制約がなく、理論上どのような細胞にでも分化することができます。
この能力は素晴らしいもので、非常に希少な細胞、例えばパーキンソン病の治療に使われるドーパミン産生細胞でも大量につくることができるのです。
しかも、iPS細胞は人工的につくることができるため、倫理的な問題もなく、これまでの再生医療の常識を覆すと大きな注目を集めたのです。
◆万能細胞で、臓器丸ごと、人間丸ごと再生できる?
iPS細胞は別名、万能細胞とも呼ばれています。どんな細胞にも分化できる能力があるのでこのような名前がつけられたのでしょう。「万能」という言葉のイメージから、皆さんはiPS細胞を使えば、臓器を丸ごとつくることができたり、果ては人間をそっくりそのままつくれたりするのではというイメージを持たれるのではないでしょうか。
しかし、それは違います。
iPS細胞の優れた点は、前にもお話ししたようにあらゆる種類の細胞をつくることができるということにすぎず、臓器や組織を丸ごとつくる能力はありません。
車にたとえると、エンジン、タイヤ、それらを構成するネジや部品をどれほどたくさん揃えても、それだけでは車にはなりません。
設計図に沿って一つひとつ部品を組み立てなくてはなりません。iPS細胞は、人体のすべての部品をつくれる可能性がありますが、いきなり人体をつくることはできません。
臓器や人体は、発生過程で非常にたくさんの細胞との相互作用を経て形成されます。気の遠くなるほどのステップを踏んでようやく一つの完成品である臓器や人体が完成するのです。
臓器や人体再生の設計図は、神の領域のものであって、人類ははるか手前の段階にしか到達していないという謙虚な気持ちを忘れてはなりません。

