北海道小樽市。歴史的な建造物や運河が織りなす美しい景観で知られるこの一大観光地に、一人の新しい地域おこし協力隊が着任しました。札幌出身の鳥井麻祐(とりい まゆ)さんです。彼女は前職での建築設計のキャリアを活かしながら、小樽の魅力を伝える独自の情報発信や、市民を巻き込んだコミュニティの場づくりに奔走しています。
一見、スムーズに地域に馴染んでいるように見える彼女ですが、その歩みの裏には、仕事に追われた会社員時代の葛藤や、学生時代から培ってきたクリエイターとしての経験がありました。観光地として完成された小樽の街に、クリエイターの視点から新たな「余白」を見出し、日常とアートを緩やかに繋ごうとする新人隊員の原点と、その原動力となっている根本的な価値観や想いについて、ネイティブ.メディア編集長の倉重によるインタビューで迫りました。
1. 多忙な職場で悩む日々から、思い切って大好きだった小樽へ。

[インタビュー中の鳥井さん]
倉重:着任されてから半年ほどが経つそうですね。まず最初に、小樽に来られる前のことについて伺えますか。元々は札幌のご出身だそうですね。鳥井:はい、生まれも育ちも札幌です。前職では建築関係の会社に新卒で入社して、主に飲食店の内装設計や現場の管理などを担当していました。仕事の関係で、いろんな地域に数ヶ月単位で住むような生活も経験したんです。
倉重:建築の設計や現場管理というと、かなりクリエイティブな反面、非常にハードな仕事だというイメージもあります。
鳥井:そうですね、本当に仕事に追われる毎日でした。当時は精神的にも体力的にもいっぱいいっぱいになりながら、なんとか食らいついている感じでしたね。でも、自分にとって必要な経験だと割り切って、約2年間はとにかくやろうと決めて必死に頑張りました。
倉重:今の時代、中々そういう機会が無いようですが、大変な環境の中で約2年間やり切ったのはすごいですね。そこから地域おこし協力隊という特殊な道を選ばれたのは、どのような転換点があったのでしょうか? ある意味大きな飛躍がありますよね…。
鳥井:実は、次に何をするかを完全に決める前に、その会社を退職したんです。もともと個人でZINE(ジン)と呼ばれる冊子の自主制作をしていたり、プライベートで空間装飾の仕事をいただいたりしていたので、まずはフリーランスとしてやっていこうかなと考えていました。
倉重:なるほど。でも、できちゃいそうですよね。
鳥井:はい。そんな中、札幌の近くで空間展示のお手伝いをしていた時に、たまたま今の所属先であるNPO法人OTARU CREATIVE PLUS(以下OC+)の福島さんご夫妻が通りかかって、お話をさせていただきました。そこで初めて、小樽で新しい地域おこしの取り組みがあるという話を詳しく伺ったんです。
倉重:まさに自分発信からの、引き寄せの出会いだったわけですね。その小樽の話を聞いたとき、どういう気持ちでしたか?
鳥井:実は、小樽の協力隊の募集については、たまたま自分でも少しチェックしていたんです。だから福島さんから詳しいお話を伺ったときに「あ、あの募集のことだ」と、パズルのピースが繋がったような感覚がありました。その後、正式な形で公募に応募し、選考を経て着任しました。
倉重:運命を感じますよね。元々、小樽という街に対して何か特別な思い入れや、繋がりがあったのですか?
鳥井:はい、札幌に住んでいたときも、都会の喧騒から少し離れたいなと感じるときは、よく電車に乗って小樽に遊びに来ていました。昔から大好きな街でしたし、自分がやってきた空間づくりの経験が、この街の空き空間の活用に活かせるかもしれないと考えたら、すごくワクワクしたんです。
倉重:そうですか。そうなると色々頭を巡りますよね!
鳥井:ですね。大学はデザイン学部で建築を専攻していたのですが、学生時代にコロナ禍と重なったこともあって、空き家のリノベーションを手伝うために長万部町へ行ったり、小樽にあるゲストハウスの床を剥がしに行くのを手伝ったりもしていたので…。
倉重:学生時代から、すでにそういった地域の古い建物やDIYの現場に、自ら飛び込んでいたんですね。
鳥井:そうなんです。昔から古い建物や空間が大好きだったんですよね。
倉重:忙しい日々の中で培った建築のスキルと、学生時代からの表現者としての経験が、小樽という場所で一気に結びついたんですね。
鳥井:今思えばそうだったのかもしれませんね。OC+での雇用形態やミッションを伺ったときも、自分のやりたいことと地域の課題が一本化しているように感じました。小樽市からそのミッションに沿った業務を委嘱されている形態なので、目的がはっきりしているのも動きやすいかもと。これまでの経験を注ぎ込める場所として、小樽へ移住する覚悟が決まりました。
2. 日常に溶け込む小樽特有の「文化」を再発見する日々
現在、鳥井さんは、小樽市から業務委託を受けたOC+に雇用される地域おこし協力隊員として、日々活動しています。
倉重:今、具体的にはどのようなお仕事をされているのでしょうか。
鳥井:大きく分けて三つの業務があります。一つ目は旧第三倉庫など北側エリアの観光周遊に向けた活用を考えること。具体的には、イベントの企画運営やエリアの魅力を活かした活用方法の検討などを行っています。これはOC+の設立目的とも深く関わる活動です。二つ目が地域の魅力発信で、それに合わせて、先日この冊子を制作しました。三つ目が、地域活性化の事業づくりですね。

[鳥井さんが制作に関わった冊子「OTARU TRACE & RECORD」]
倉重:この冊子、とても自由なフォーマットで素敵ですね。自治体が発行する冊子のイメージを全く感じません。鳥井:ありがとうございます。こういう公的なものを作るのは初めてで…。できるだけ色々な方に、新しい軸で小樽を見てほしいなと思って、移住者の方などにインタビューもさせてもらったんです。同世代の仲間とチームを組んで、相談しながら作りました。
倉重:このレベルのものを、着任半年でこうやって実現するのは、並大抵のことではないのではないでしょうか…すごいですが、かなり大変だったのではないですか?
鳥井:そうですね。私が着任したのが9月だったのもあり、実質2、3ヶ月で仕上げたので、みんなで冷や汗をかきながらやっていましたね(笑)
倉重:三つ目の「地域活性化の事業づくり」というのは、具体的にどんなことをされているのですか?
鳥井:今はOC+が主催している会議のサポートをしています。2ヶ月に1回、市民の方が「こういうことをやりたい」とプレゼンをして、みんなでブレインストーミングをする場なんです。今回の冊子作りでも、この会議がきっかけで繋がったご縁がありました。
倉重:市民の方がアイデアを持ち寄る場が定期的にあるのは、とてもいい刺激になりそうですね。
鳥井:そうですね。毎回10人から20人くらいが集まって、場所もゲストハウスのフリースペースや新しい観光施設など、色々なところを変えながら開催しています。
忙しくも充実した業務をこなす一方で、小樽での「暮らし」そのものが、クリエイターである鳥井さんにとって大きなインスピレーションの源になっています。札幌という都市から移住し、実際住んでいるなかで彼女の目に映る小樽は、刺激に溢れていました。
倉重:実際に小樽に住んでみて、印象は変わりましたか。生活環境などはどうでしょう?
鳥井:はい、すごく変わりました。ちょっと変な視点かもしれませんが、私がまず面白いなと思ったのが、街に響くサイレンの音なんです。通称「製缶のポー」は、平日に 1日5回 鳴らされています 。特に印象的なのは、朝の7時半と8時に、北海製罐の工場から街中に”ウィ〜ン”という巨大なサイレンが鳴り響くんですよ。始業の合図らしくって…。
倉重:そんなに朝早くから、しかも街中に聞こえるくらい大きな音が鳴るんですか?
鳥井:初めて聞いたときは、驚くほど迫力があるんですけど、それが生活にすっかり馴染んでいるのが面白くて。気になって工場長に直接聞きに行ったら、昔は寮から工場まで歩いて30分かかったから、寮からの出発の目安として未だに7時半に鳴らしているんだそうです。
倉重:なるほど。当時の労働文化が、今もそのまま街の音として残っているんですね。
鳥井:そうなんです。他にも、ゴミ収集車が音楽を鳴らしながら走ってくる音や、朝早くから鳴くカモメの声など、小樽ならではの音がたくさんあります。今も街頭放送が流れていたり、町内会の古い掲示板がしっかり機能していたりするのも新鮮でした。
倉重:地域の皆さんからすると当たり前の風景が、鳥井さんにとっては全て新鮮な刺激なんですね。
鳥井:いい表現かは分かりませんが、リアルの「どうぶつの森」(大人気のコンピューターゲーム)のように、街を歩くだけで発見がある感覚なんです。街を歩いていると「これ、何かに使えるな」と思う素材が落ちていたりして。みんなが当たり前だと思っている日常の中に、これまで大切にされてきた生活や文化が潜んでいるなと感じています。
観光地として綺麗に整備された表向きの顔だけではなく、その裏側に息づく泥臭くも愛おしい生活の営み。鳥井さんはクリエイター特有の視点と感性で、小樽という街の「余白」を楽しみながら、次なる仕掛けのヒントを日々拾い集めているようです。

[鳥井さんの活動の様子]

