
◆とにかく物騒な家庭環境で育つ
――有賀さんのご両親は、どのような方だったのでしょうか。有賀美雪:簡単にいえばヤクザですよね。夫婦揃って同じ刺青を背中に入れているんですよ。離縁はしたけど、根底で通じ合っていたのではないかと思う部分もある2人なんですよね。父は山口組に所属するヤクザでしたが、私が16歳くらいのとき、咽頭がんで亡くなりました。
――なぜ離縁をしたのでしょう。
有賀美雪:私、言葉を覚えるのが早かったんですよ。これは記憶にないんですが、1歳くらいのとき、私が母に「女の人にお風呂入ってぶくぶくさせられた」と言ったらしくて。それで浮気が発覚して、出刃包丁を持って母が父を追いかけ回したらしいです。
――その後、お母様は別の男性と交際をする。
有賀美雪:私が18歳くらいのときです。だから、実父が亡くなったあと。義父も顔立ちが整っていて、とある組の組長のボディガードをしていたようですね。伝説の“人斬り”として知られたヤクザですね。デリンジャーというチャカ(銃)をいつも持ち歩いててね。
◆指詰めにまつわる逸話に事欠かない

有賀美雪:母は4年前に他界したのですが、彼女は本当に思い切りがよく、豪快だったと感じます。覚えているのは、4~5歳のときに新丸子の劇場にいたときのエピソードです。当時、ヤクザなのかヤクザ崩れなのかわかりませんけれども、複数の男がやってきたんです。「誰のシマでやってるんだ」と、ドラマでみるようなセリフそのままを言って。すると母はいきなり自分の小指を切り落とし、「これでどうだ」と。結局、向こうの男たちも指を落とすことになって、いくらかの解決金をもらったようでした。
――怖すぎます。
有賀美雪:うちの母は、指を詰めたり詰めさせるのが好きだったんですよ。ごちゃごちゃ言ってないで、行動で示すタイプだったというか。他にも、私が6歳くらいのとき、姫路の劇場での出来事もありました。当時、自分たちが抱えていたキャストを勝手に連れ出した竹中組のヤクザがいたんです。「俺がステーキを奢ってやったんだ」なんて母に自慢したりしていて。母からすれば自分のタレントに勝手なことをされているので、落とし前をどうつけるかという話になるわけですよ。結局、「竹中(組長)が詰めるのか、若いやつが詰めるのか、どっちなんだ」となって、若い衆が指とお金を持ってきたようです。
――指詰めが好き……。
有賀美雪:母は両手の小指が第2関節からなくて、どっちかの薬指の第1関節からもなかったはずです。関節ごとに詰めるので、人生で計5回詰めていることになりますよね。
――当たり前だけど、ヤクザとの結びつきが密接な世界なんですね。
有賀美雪:九州地方の劇場にいたころは、大人たちが夜に「麻雀やろう」なんて話になってね。「そうだ、あいつも呼ぼう」とかいってヤクザを呼ぶんですよ。ヤクザが来たら「劇場でネタ食ったら(薬物をやったら)承知しねぇぞ」なんて釘刺して。ヤクザはちょんぼをするんですが、母は黙って負けっぱなしにしておくわけですよ。で、最後に牌を投げて「貴様こら、ズルしやがったな」と怒鳴り散らしてヤクザをふっ飛ばしてました。

