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老人ホームへ入所する年金7万円・76歳父の通帳を整理中、ふと見つけた「20年続く毎月40,000円の仕送り」…宛先を聞いた46歳息子が「唖然」としたワケ

老人ホームへ入所する年金7万円・76歳父の通帳を整理中、ふと見つけた「20年続く毎月40,000円の仕送り」…宛先を聞いた46歳息子が「唖然」としたワケ

20年前の経営危機と、「20年の猶予」

「親父、この振込先、誰なんだ?」ダイスケさんは父の通帳を広げ、問いかけました。

トミオさんは通帳に目を落とすと、少し決まり悪そうに頭を掻き、過去について教えてくれました。

「その人は、恩人だよ」

当時、トミオさんが営んでいた小さな加工工場は、大口の取引先だった地元の製造業者が突然倒産したことで、大きな連鎖倒産の危機に瀕していました。売掛金が回収できず、原材料の仕入れ代金や職人たちへの給料など、目先でどうしても1,000万円の現金が足りない事態に陥ったのです。当時56歳だったトミオさんは、銀行へ何度も足を運びましたが、色よい返事はもらえず、工場を畳もうかと本気で考えていました。

そんなとき、トミオさんを長年気にかけてくれていた同業の先輩が、トミオさんの工場の窮地を知り、自身の個人口座から、運転資金として1,000万円を無担保で工面してくれたのです。

「トミオ、お前の技術をここで潰しちゃいけない。お前のところの息子さんも、東京で就職したばかりだろ。親がいま倒れたら息子に心配かける。利息も要らん。返せるときに、返してくれればいい」

その後、工場はなんとか立て直したものの、決して業績が好調というわけではありませんでした。一括で返せるような余裕はなく、細く長く支払うことを決めたのです。

トミオさんは72歳まで働き続け、どんなに工場の経営が苦しい月でも、この4万円の返済だけは20年間絶対に止めませんでした。個人の貯金を削って、工場の命を繋いでくれた恩義を、1円たりとも踏み倒したくないという、プライドだったのです。父の借金をまるで知らなかったダイスケさんは、驚きを隠せません。

しかし2年前、その恩人は亡くなってしまったそうです。

「あんなによくしてもらったのに、あの人が生きているうちに金を返しきれなかった。それが本当に申し訳なくてな……。お葬式のとき、息子さんに事情を話して口座を教えてもらい、残りの分を息子さん宛てに返し続けているんだ。あと10ヵ月で、ようやく返し終わるんだよ」

その際、葬儀の場でトミオさんは息子さんに事情を話し、20年間ずっとつけてきた「手書きの返済メモ」を提示したそうです。恩人の息子は、父親の遺品である借用書と通帳の入金履歴とトミオさんのメモが一致しているのを確認し、自身の口座を新たな振込先として教えてくれたのだといいます。

口座の名義人は最後の一字だけが違う名前だったので、ダイスケさんが最初に見たときには気がつきませんでしたが、確かに、2年前から名前が変わっています。

工場を完全に引退し、手元の貯蓄がすり減っていっても、トミオさんは恩人への不義理を絶対に許しませんでした。「いまさら4万円を止めたら、感謝の気持ちまで嘘になってしまう」と、頑なに振込を継続していたのです。結果として貯金は底をつき、子どもたちに老人ホームの費用を頼ることになってしまいましたが、トミオさんは約束を最後まで守り通そうとしていました。

真相を知ったダイスケさんは、その日の夜、通帳に記載されていた息子の連絡先を父から聞いて、電話をしてみました。電話口ではこう語られたといいます。

「2年前、トミオさんが父の葬儀で泣きながら『まだ返しきれていなくて申し訳ない、息子さんの口座に続けさせてくれ』と仰ったとき、本当に実直な方なのだと胸が熱くなりました。父も生前、『トミオからのお金は、あいつがいまも元気に、実直に生きているという便りなんだ』と嬉しそうに話していました。金額の問題ではなく、父とトミオさんの男の絆だったのだと思います」

残りの残高は、あと40万円。実家には、子どもに遺せるような財産は残っていませんでした。しかしダイスケさんは、父が20年かけて通帳に刻み続けた「誠実さ」という、お金では決して買えない人生最高の財産を、確かに受け取った気がしていました。

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