家計管理表が映し出していた「切り捨ててきたもの」
佳子さんが出ていった夜、隆夫さんはぼんやりと家計管理表を開きました。長年「赤」で塗りつぶしてきた項目の数々。温泉旅行、記念日の外食、孫へのプレゼント……。すべて「ムダ」として切り捨ててきたものです。しかしそれは同時に、家族と笑い合ったり思い出を作ったりする時間そのものだったはずです。
離婚届に添えられた佳子さんの置き手紙が、隆夫さんにすべてを気づかせました。
「あなたはいつも『リターンは?』と聞いたわね。私と過ごした時間のリターンは、何だったの?」
隆夫さんの“お得意の言葉”でしたが、もう答えることができませんでした。孫の無邪気なひと言が甦ります。
「高いのはムダって言うね」
自分は33年間、家族に「ムダ」と言い続けてきたのです。
効率を極めた投資家が直面した、最大の「損失」
投資では、「コストを最小に、リターンを最大に」することが正解です。しかし、その考え方をそのまま家庭に持ち込むと、お金に換算できない「時間」や「家族としての体験」を見落としてしまいます。
2026年4月施行の改正民法(※2)では、離婚時の財産分与について、婚姻中に築いた財産への「夫婦の貢献は原則として同じ」とみなされることが明文化されました。「1億円は自分が稼いだ金だ」と隆夫さんは信じて疑いませんでしたが、たとえ自分名義の資産であっても、離婚すれば原則としてその半分は配偶者のものとなる可能性が高いのです。
ただし、隆夫さんのケースでは明確な離婚事由があるとは言えず、隆夫さんが拒否すれば、法的には離婚が成立しない可能性もあります。しかし、佳子さんの心は完全に離れています。夫婦2人の生活を取り戻すのは、簡単なことではないでしょう。
