
◆親が敷いたレールから夢の舞台へ
――本気で声優を目指したきっかけを教えてください。井上彩:子どもの頃からずっと親が敷いたレールを走って、高校卒業後は、東京に上京して公務員として働いていました。東日本大震災で兄を亡くした後は、兄の代わりにという思いで、地元に戻ってきて公務員として地元のために、家族のために働いていました。
でも、いろいろな人との出会いがあって、「自分はやりたいことをやれてないんじゃないか」と思ったんです。「小さな頃から好きだったアニメの声優になりたい」と思ったタイミングで、たまたま養成所の仙台校が開校されると知って、入所オーディションを受けて通うことになりました。24歳の頃です。それから2年間通って、声優の勉強をしていました。
――『ザ・ノンフィクション』への出演はどんな経緯で?
井上彩:仙台で頑張っていたんですけど、東京で可能性を広げたいと思ってもう一度上京した5年目のとき、知人を通して番組出演の話を知りました。上京後は、3つの養成所を転々としていたんです。だから、『ザ・ノンフィクション』の出演の話を聞いたときは、「チャンスかもしれない。出てみたい」と申し出ました。出演が決まった後は、年末年始を挟んでの撮影だったので、実家に戻って家族と話し合う場面も含めて、ありのままの自分を撮っていただきました。
◆厳しい意見と、初めてのファンレター
――番組ではオーディションにも挑戦します。井上彩:結果が届いたのは2024年3月で、正直、落選が分かった段階で、一つの区切りとしてやめようと思ったんです。でも、番組が6月に放送されてから、たくさんの方に観ていただいたことがわかって。SNSにもたくさんの感想をもらいました。
なかにはマイナスなイメージを持たれた方からの厳しいご意見もありましたが、街中で声をかけてもらったり、応援の声や初めてのファンレターもいただいたりして。ファンレターはうれしくて今でも飾っているんですけど、「応援してくれる方がいる間は、声優を目指したい」と強い思いが芽生えて、「もう一回頑張ってみよう」と思い直しました。
――その後はどうされたんですか?
井上彩:番組が放送されて2ヵ月後、今の事務所から私のSNSに「所属する人を探している」というDMが届いて、代表の方と面談をしました。「ダメだった子たちにもう一回チャンスを与えたい」というお話を聞いて、まるで自分に言ってもらえているように感じて、お世話になることを決めました。
私、今の事務所に入るまで7年、仙台の養成所を含めて4つの養成所に通っていましたが、ずっとダメだったんです。だから、事務所に所属できるかもしれないと思ったら本当にうれしかったです。

