
企業に関わるすべての利害関係者の利益を追求する考え方として、「ステークホルダー主義」というものがあります。ステークホルダー主義の経営者は、アクティビスト株主(物言う株主)の活動を「道徳的・倫理的でない」と批判します。では、経営者の方針にNOと言わない投資家が増えた場合、日本の経済はどうなるのでしょうか。本記事では、森生明氏の著書『会社の値段[新版]』(筑摩書房)より一部を抜粋・編集し、投資家が会社を適正に評価する努力を怠ることで日本経済がジリ貧になってしまう理由を解説します。
「ステークホルダー至上主義」は本当に日本の良き伝統なのか?
「論語とそろばん」で有名な渋沢栄一の「富をなす根源は何かといえば、仁義道徳」というセリフを引き合いに出し、日本は既に100年も前から経営に道徳・倫理を求めていたのだ、ステークホルダー資本主義は日本の良き伝統だ、と讃美する日本の経営者の声をよく耳にします。
そういう経営者は、アクティビスト株主の活動を道徳的・倫理的でないと非難します。その声を受けてか、日本の機関投資家は、米国のようにアクティビスト・ファンドやPEファンドに運用資金を振り向けることに慎重です。
村上ファンドのグリーンメールに応じて株を買い取るフジMHDの対応、それに非難の声を上げない機関投資家を見ると、日本では投資家が現経営陣の判断にNOをつきつけることは道徳的・倫理的によろしくないという風潮がまだまだ根強いようです。
事なかれ主義の投資家が、回りまわって日本企業の株価を下げている
しかし、温厚で寛容な、悪い言い方をすれば事なかれ主義的・リスク回避的な投資家姿勢が、日本企業のリスクを取らない安全運転・現状維持的な経営を助長し、結果的に株式市場がリスクマネーを呼び込めず、日本企業の株価評価が低くなる状況を作り出してしまうとするなら、それは日本社会全体の成長と活力を削ぎ、日本経済のジリ貧につながります。
新自由主義的な資本主義は、カネもヒトも自由にダイナミックに動き回る「流動性」の高い社会を生みます。安定性は低いかもしれませんが、やり直しがきくのでリスクをとって新しいことに挑戦しやすい、結果としてイノベーションの起こりやすい仕組みです。
日本と米国、どちらの資本主義が良いかを議論しだすとキリがありませんし、ステークホルダー全体に配慮した長期安定的な企業経営を、短期的利益にそれほど貪欲強欲でない投資家が支えるという資本主義の形は一つの理想型だと私も思います。
ですが、そういう日本らしい和の精神を持ちガツガツしない草食動物系の会社を、日本の投資家が株式市場で適正に評価し値付けする努力を怠ると、とにかく儲けた者勝ちというアニマル・スピリット旺盛な肉食動物においしいところをサヤ抜きされたり、消費者余剰を持っていかれたりすることになります。これは避けねばなりません。
これに個人レベルの視点を重ね合わせると、謙虚で真面目だがリスクテイクと貪欲さに欠ける日本人のムラ社会的気質が、日本の国力をじわじわと削ぎ、円安を招いてしまったとも言えるでしょう。
