
◆鬼門を突破し証明した確かな成長
チュニジアとの試合は、初戦直後に監督を解任しており、戦略や戦術が見えず不気味な存在となっていた。しかし、選手間で気を引き締め直した日本に隙はなかった。危機を招きかねない相手のストロングポイントに冷静に対応したうえで、弱点を突いて白星を挙げた展開は、狙いどおりにゲームを進められた証拠といえる。欲をいえば、もう少し早い時間帯に3点目を奪いきって早めに勝負を決め、大勢を決したかったところだが、それは贅沢というものだろう。今までのワールドカップにおいて、日本は第2戦が鬼門になっていた。実際、2002年の日韓大会以外は勝てておらず、ジンクスというより明確な課題と捉えたほうが正確かもしれない。とはいえ、鬼門であろうが課題であろうが、日本がまた一つ階段を上ったわけだ。これもまたチームが成熟している証明といえよう。
◆30年で激変した世界との距離感
ここ30年ほどにおける日本サッカーの成長曲線は、世界的に見ても目を見張るものがあり、まさに驚異的だ。30年ほど前はワールドカップの舞台など夢のまた夢であった。1993年5月にJリーグが誕生し、同年10月にドーハの地で過去最大級に本大会へ近づいたが、あと一歩で届かなかった。1996年には28年ぶりに五輪への出場を果たし、マイアミの奇跡と称賛されたブラジル戦での薄氷の勝利を収めたものの、グループリーグ突破には至らなかった。そして、直後のワールドカップ予選では苦しみながらも悲願の初出場を決めたが、本大会では3戦全敗を喫し、大きな壁を痛感させられた。これらの熱狂をリアルタイムで体験した40代以上のファンは、世界との実力差をコンプレックスのように感じる世代ではないか。
その後、2002年大会では開催国としての後押しもあり、初の決勝トーナメント進出を果たす。それ以上の結果を期待されて臨んだ2006年のドイツ大会では1勝もできずに敗退。続く2010年の南アフリカ大会では、開幕前の前評判が悪かったにもかかわらず、下馬評を覆して決勝トーナメントに進出した。この時期にはすでに、ワールドカップに出場することを当然と捉える世代が育ちはじめ、目標はいつしかグループステージ突破へとシフトしていった。
続く2012年にはロンドン五輪でベスト4に進出。世界との距離も縮まり、勝てるという成功体験を積み重ねていく。しかし、2014年のブラジル大会では2006年と同様に、トップクラスとの差を改めて突きつけられる大会となった。

