
書籍やネット、テレビなどで、たまに見かける「誤植」。誤った漢字やスペルミスがそのまま掲載されることを100%完全に防ぐ方法は、残念ながら存在しません。多くのチェックをかいくぐった誤植は、そう簡単に見分けることができず、ときには読み手に誤った情報を与えてしまうことも……。本記事では、クイズ作家の近藤仁美氏による著書『世界を変えた「凡ミス」図鑑』(三笠書房)より一部を抜粋・再編集し、僅かな誤植から無人ロケット「マリナー1号」の爆破に踏み切らざるをえなかったNASAのエピソードをご紹介します。
線を1本書き忘れてロケットが大爆発
1962年7月22日、アメリカ・フロリダ州のケープカナベラル発射場では、待望の無人ロケット打ち上げ計画が進行していた。輝くロケットに搭載されたのは、金星探査船・マリナー1号。「マリナー」とは「水夫」の意で、その名のとおり、広大な宇宙の海を地球のお隣・金星まで旅することが予定されていた。
人類は当時、金星の本当の姿を知らなかった。地球より太陽に近いがゆえに灼熱(しゃくねつ)の大地なのか、はたまたローマ神話のヴィーナスにたとえられるだけあって美しく豊かな場所なのか。マリナー1号は、そんな金星のそばを通り抜け、金星の表面温度や大気の組成・磁場などを測定することが期待されていた。
午前9時21分。マリナー1号は、打ち上げ用ロケットの咆哮(ほうこう)に励まされながら、地球をあとにした。滑り出しは完璧だった。ぐんぐんと高度を増すにつれ、科学者たちの期待も高まっていく。
発射から3分半ほど経ったとき、地上からの電波誘導システムに一時的な不具合が発生した。とはいえ、そんなことは対策済みだ。バックアップの自動操縦システムが作動し、問題なく進んでいけるはず……だった。
「おい、あいつどこ行くんだ?」
科学者たちがざわめいた。
マリナー1号は急にふらつきはじめ、金星でなく、あろうことか地球側に旋回(せんかい)したのだ。そして、勇敢な水夫よろしく、大西洋に向かって突進した。
海に落ちればまだしも、もし人が住む地域に落ちたら……?
NASAの判断は速かった。不具合が出てからものの81秒で決断し、丹精込めた探査船に自爆指示を送った。こうして、晴れた空に1850万ドル、日本円にして約66億円の花火が散った。
バラバラになったマリナー1号の機体は、たちまち夏の海にダイブした。
なぜか抜け落ちてしまった「1本の横棒」
事故後、原因を探るべく、すぐにNASAの精鋭が集められた。機体の回収は難しかったので、調査は主にマリナー1号を動かしていたプログラムの解析によって進められた。
すると、探査船用の手書きの指示書に、必要な記号が一つ足りなかったことがわかった。具体的には、半径や変数を表わすRの上に、棒線が1本なかった。
[図表]書き忘れた横棒 出典:『世界を変えた「凡ミス」図鑑』(三笠書房)より
Rの上にバーがある場合、データの平均値を表わす。これは、たとえ急に数値が変化しても、なだらかに平均化し、適切に対応するための指示だ。
このバーがないと、ちょっとした変化でもマリナー1号的には大騒ぎになる。つまり、電波誘導が一時的に乱れただけで、「コースを外れている! さっさと修正しなくちゃ!」と過剰に反応し、あらぬ方向へ飛んだのだ。
