「Rの上のバー」が無いことに気づけなかったワケ
Rの上のバーは、理屈で考えれば必要な記号だし、途中で気づかなかったの? と言いたくもなる。とはいえ、棒線たった1本だ。日本語のつづりでいえば、大量の文章を読んでいるとき、「県」や「美」の横棒が1本くらいなくても気づかない。数学でいえば、計算結果にマイナスをつけ忘れて減点なんて、実によくあることだ。
1号の悲劇から僅か5週間後に打ち上げられた「マリナー2号」
また、マリナー1号が発射された当時は、打ち上げのコンピューター制御が進んでいた。ロケットは地上からの誘導信号に従って進み、なんらかの事情で誘導が途切れたとしても、探査船本体のコンピューターで自動操縦できるようになっていた。
これなら安心… …と思いきや、打ち上げ後に誘導信号を受信するためのアンテナが故障していた。その上、探査船本体の自動操縦プログラムは、例の棒が1本足りない。そして、自動だからこそ、間違ったプログラムにも忠実に従った。こうして、皆の期待を背負った機体が海の藻屑(もくず)と化した。
それでも、NASAは諦めなかった。わずか5週間後には予備機を整備し、「マリナー2号」として打ち上げた。今度は、問題の横棒も忘れずに足されていた。
マリナー2号は、無事金星に接近し、「人類史上初めてほかの惑星の探査に成功した宇宙船」の栄冠を手にした。さらに、この探査船が地球に送ったデータは、驚愕の内容だった。
マリナー2号によると、金星の表面温度は425℃で、鉛(なまり)が溶けるほどの灼熱だった。また、数年後に別の探査機が明らかにしたデータでは、大気のほとんどが高密度の二酸化炭素で、気圧は地球の90倍もあった。
これでは、人類の移住はおろか、SFの定番であった金星人もいなそうだ。実は当時、金星の雲の下には地球の熱帯のような環境があるかも、と淡く期待されていたのだが、これはまったくの幻想であった。
さらに、マリナー2号は、金星の環境だけでなく、太陽風についても証明した。太陽風は、現代では通信やGPSの機能を乱す要因として知られているが、当時はまだ理論上の仮説にすぎず、直接観測した意義は大きかった。
それにしても、1号で66億円を吹き飛ばしても、すぐに「次行こう。2号だ!」と動いた胆力(と経済力)には、正直敬服する。
NASAには、失敗を「未知のデータを得るプロセス」とみなす風土があるのだが、その考え方が遺憾なく発揮された結果だろう。こうした、メゲない人々の挑戦によって、人類の宇宙開発は日々進歩している。
■明日からの教訓
どんなに完璧な設計も、一つのミスで崩れる
近藤 仁美
クイズ作家
