◆■「ドアの前」は、誰のテリトリーでもない
冒頭でも触れましたが、日本民営鉄道協会の2025年度アンケートで「扉付近での滞留」が、車内迷惑行為のランキングに今回初めて登場し、いきなり4位(27.6%)に飛び込んできました。前年までは選択肢にすら無かった項目が、いきなり上位――。それだけ多くの人が、日々の通勤・通学のなかで「ちょっと、どいてほしいな」と感じている、ということなのかもしれません。ちなみに同じ調査で長年トップ3に入り続けているのは、「周囲に配慮せず咳やくしゃみをする」「座席の座り方」「騒々しい会話」。どれも、今回のエピソードに登場した男性たちの行動と、どこか地続きのようにも見えてきます。
さらに興味深いのが、男性回答者のランキング。これまで長らく1位だった「咳やくしゃみ」が5位に下がり、代わりに「座席の座り方」(34.0%)と「扉付近での滞留」(32.5%)がワンツーフィニッシュ。「スマートフォン等の使い方」も25.8%で4位に食い込みました。今回のエピソードに登場した男性たちの行動が、まさに男性自身からも“いちばん気になる迷惑行為”として挙げられている――。なんとも示唆的な結果と言えそうです。
◆■小さな一声が、車内の空気を変える
それでも今回、井上さんのエピソードで救いになっているのは、ホームに立っていた駅員さんの「ドアの前を塞がないようお願いします!」というひと声でしょうか。普段は穏やかに案内をしている方が、必要な場面でははっきりと声をあげてくれた――その瞬間、車内の空気が一気にゆるんだという描写には、思わず一緒にホッとしてしまいます。声を上げにくい場面で、それでも一言を発してくれる人がいる。乗客同士では難しくても、駅員さんという立場の方が動いてくれることで、救われる場面は確かにある。いつもの通勤電車も、そんな小さなやりとりに支えられているのかもしれません。
ドアの前は、誰のテリトリーでもありません。乗る人、降りる人、その奥でぎゅっと立っている人。半歩だけ奥に詰める。リュックの向きを少しだけ意識する。スマホから一瞬目を上げる。そんなささやかな動きが、ひとり、またひとりと重なっていけば、満員電車の朝も、ほんの少しだけ呼吸がしやすくなる――。そんな景色を、いつかどこかの車両で見られたら嬉しいなと思います。

【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。

